第6話 シャロと魔王

 魔王との交渉が終わった次の日。

 さすがに昨日の場はかなり精神的に疲れたようで朝起きた時間はかなり遅かった。


 ……くっ、もったいないことをしたな。

 金を稼げる時間は有限なんだ。それを寝坊なんかするとは……。


 寝坊をした時間を取り戻そうと少し早足になりながら食堂へと向かう。

 本当なら朝食を取る時間ももったいないのだが、そこはシャロに「朝食を取った方が一日しっかり頑張れますよ」と言われて、必ず取るようにしていた



「おっ、こんな時間に起きてきたのか? 先に食べておるぞ」



 食堂に入った瞬間に本来そこにいるはずがない人物の姿が目にとまり、思わずその場に固まってしまう。



「どうかしたのか? いつでも来て良いと言ったのはお前のはずだが?」

「いや、さすがに昨日帰っていって、今朝に戻ってきてると思うか。……魔王」

「当然であろう! シャロの飯を食わなければ一日が始まらん!」



 あまりに堂々と言い放つ魔王に自分が間違っているのか、とすら思えてくる。



「お父様、あまりアルフ様をいじめるようならご飯の量を減らしますよ?」



 俺の分の食事を持ってくるシャロ。

 俺と魔王の会話を聞いて、少しふくれ面を見せていた。



「す、すまん、シャロ! 我が悪かった。アルフ殿も申し訳なかった」



 まさか魔王に頭を下げられる日が来るとは思わなかった。

 というか、シャロ、魔王に対して強くないか?



「別に喧嘩をしていたわけじゃないぞ? ただ、昨日帰っていって今日何食わぬ顔で食堂にいたから驚いただけだ」

「……そういうことですね。お父様、この国の長はアルフ様なんですから、来るときは前もって伝えてくださいね! 国家間のやりとりになるのですから面倒事になりますよ!」

「ぐっ……、わ、わかった。それじゃあ毎朝ここに来るぞ」

「……えっ!? 毎朝なのか!?」

「もちろんであろう。それともダメなのか?」



 さすがに魔王の分の食費が増えるわけだし……。



「いざというときには手を貸すぞ? 魔族軍が」

「よし、どんどん食いに来てくれ」



 魔王がぽつりと呟いた言葉に俺は即答していた。

 軍として魔王が力を貸してくれるとなると当面の兵力は少なめで済むわけだ。

 しかも、魔王がこうして友好的に来てくれることで魔族に襲われるという可能性がグッと減ってくれる。


 かかる費用は朝食の費用だけ……。大体月の食費は三食でも平均で銀貨二から三枚ほどということを考えると断る理由がない。



「あぁ、話のわかる奴ではないか。よし、我の漬物を分けてやろう」

「もう、お父様! それ、苦手なだけですよね? ダメですよ! アルフ様の方には大盛りで入れておきますから」



 勝手に俺の食事が増加していく……。

 そこまで食わんから勝手にかかる食費を増やしていくな……。


 まぁ、こうしたやりとりも平和的で良いな。

 それに、元々いた貴族達も俺が魔王と友好的になったことを聞いたら何かしらの反応を見せてくるだろう。

 もしかするとこの国に戻ってくる奴すらいるかもしれない。


 まぁ、そうなったとしても国を追放する以外はないんだけどな。

 俺の金に勝手に手を付けたわけだから――。



「もう、アルフ様も言ってあげてください。お父様は好き嫌いが多いのですから……」

「食いたいものを食って何が悪い?」

「それならお父様の分はもう作ってあげませんよ!」

「何でも大人しく食べます」



 シャロに言われて大人しくなる魔王を見て、俺は苦笑を浮かべていた。



「あと、この国との友好の証として、先日この国に来ていたジャグラを派遣することになった。まぁ、それなりに戦力にはなる奴なので使ってやってくれ」



 シャロから言われて、眉を潜めながら残していたものを食べる魔王。

 その途中で思い出したように言ってくる。



「ジャグラ?」

「先日、私を連れ戻すように交渉に来た魔族の方の名前ですよ」

「あぁ、あの男か。確かに威圧はすごかったな」

「それに全く動じないお前もすごいんだがな……」



 いや、内心かなり焦っていたんだけどな。

 表に出しても良いことがないから隠しているだけで……。



「まぁ、今この国の戦力は限りなくゼロに近いからな。戦力になる奴が来てくれるのはありがたいが……いいのか?」

「もちろんだ。奴にはこの国の様子とシャロの様子、あとはシャロに変な虫がつかないかをしっかり監視させるつもりだからな。自由に出入りして良いならそのくらい許可してくれるだろう?」

「それはもちろん良いが、あいつ一人で良いのか?」

「あまり多くの魔族が来て、この国が魔族に占領された……とか噂を流されても困るのだろう? それならあいつだけで良いだろう。なかなか強い奴だが、さすがに一国を相手にすることまでは出来ないので、使い道はお前が考えてくれ」

「……それは本人も了承済みなのか?」

「もちろんだ。奴もお前の力を調べ上げてやると意気込んでおったぞ」



 まぁ、本人が来たいなら好きにしてくれたら良いな。

 この国に来ているだけで、所属は魔族国……ということになるから、給料も支払わなくていい、かなり便利な私兵ということになるからな。


 ただ、情報も金になる訳だし、隠すべきことが出てきたらそのときは何か考えるか。



◇■◇■◇■



 ユールゲン王国の辺境のとある貴族の館にて、その貴族と私兵の一人が密談を行っていた。



「なにっ!? アルフ王子が魔王と手を組んだだと!?」

「はい。あの国の国民として潜んでいたものからの情報にございます。おそらく間違いないかと……」

「ぐっ……。魔王と組んだとなるとおそらく我ら貴族の粛正に動くのであろうな。我々は王が病に伏してから色々とやり過ぎたからな」

「それでどういたしましょうか? 今なら城を落とすのは容易かと思いますが?」

「ダメだ!! そんなことをしてみろ。その瞬間に我が領地は魔族に襲われてしまうぞ?」



 貴族は思わず身震いをしていた。

 確かにこの領地も、民から巻き上げた金を投じて私兵を強化してはいる。

 しかし、それでも魔族が軍で押し寄せたとなると数日も持たないだろう。


 そのことがわかっているからこそ、王子が魔王と手を組んだというのは脅威に感じてしまうのだった。



「それならば勇者を募ってはいかがでしょうか? 魔王討伐という名目で数多くの勇者候補を集めて、適当に安い剣でも持たせて旅立たせれば誰か一人くらい骨のある奴がいるはずですから」

「なるほどな。それはありかもしれないな。そういえば剣も城から持ち運んできたボロい剣があるだろう? 少しは金になるかと思って持ってきたのだが銅貨一枚にもならなかったあれだ。それを渡してやるといい。それなら金も掛からずに魔王も倒せて、楽できるからな」

「はい、かしこまりました。では早々に手配させていただきます」



 兵士が出ていった後、貴族は一人、口をニヤけさせていた。



「くくくっ、勇者か……。存分に使い捨ててやろうか……」

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