第7話 金貨

 魔王が飯を食いにくるようになってから数日が経過した。

 いまだに町の中を魔族が歩いているのに慣れない人たちも多く、魔王とすれ違った瞬間に肩を震わせていることが多かった。

 食後にシャロと二人、町を見て回っていた。



「なんだかもの寂しいですね……」

「まぁ、元いた貴族が金を巻き上げて私腹を肥やしていたせいで、かなりの数の民が逃げてしまったみたいだからな」

「それでお父様達がこの町に入るのを許可したのですね。少しでも人口を増やすために……」

「それだけでもないんだけどな。それよりも外敵に対する対策は簡易的だができた。そろそろ内政面に取りかかろうと思うのだが――」



 どこから手を付けていくか……。

 商人だけはすでに手を打てているが、未だに足りない部分は多い。


 武器などの鍛冶製品を作る鍛冶師や建物を作る大工、服を作る服屋は今この領地には誰もいない。


 農家は数えるほどだけだが残ってくれているが、荒れた畑で作物を作っているので、成果は芳しくない。


 魔王の援護があるうちに兵の数も増やしたいのだが、そちらもそもそも人手が足りていない。


 当面の金はあるのだが、全てに手を付ける余裕はなかった。



「今すぐに自由に出来るのは金貨十枚……。やはり国の再建となると全く足りないな。だからこそ手を付けるところは慎重に選ぶ必要がある。兵に使わなくて済んだだけマシだけどな」

「その金貨十枚というのは一体どんなことが出来るのですか? その……、私はほとんど金貨を持ったことがなくて――」



 シャロが恥ずかしそうに答える。

 確かに魔王の娘なら金なんて自分から使うことはなかっただろうな。

 必要なものは揃っていただろうし。

 まして金貨の貨幣価値を考えると個人が持てるようなものではない。


 銀貨が百枚で金貨一枚。

 銅貨が百枚で銀貨一枚。


 一般的な兵士の給料が銀貨二十枚から三十枚。

 宿に一泊する値段が銀貨一枚から二枚。

 屋台で売られているような串焼きだと銅貨五枚ほど。


 基本的な生活のほとんどが銅貨と銀貨で行えることを考えると、わざわざ金貨に替えて持っている人物は少ない。大金を扱う商人や貴族達などが持つことがほとんどだった。



「そうだな……。個人で買うものなら大抵買えるな。ただ、国として出来ることはかなり限られるな。道具を新調したりとか、その程度しか出来ないだろう」

「……そんなくらいしか出来ないのですね」

「あぁ、だから今のままだと全然足りないな。もっと増やせるように考えないと」

「わ、わかりました。私も頑張りますね!」



 シャロがぐっと手を握り気合いを入れる。

 その様子を見ながら俺たちは城下町から少し離れたところにある畑へと出向いていった。





「おらおらっ! これでいいのか!?」



 畑につくと何故かそこでは以前この領地にやってきた魔族の男、ジャグラが畑を耕していた。

 そして、その周りでは老人たちが微笑みながらその様子を眺めていた。



「ありがとうね……。この年になると農作業するのも大変で……」

「いや、問題はない。全ては魔王様のお申し付けのためだ」

「魔王様? そうかい、そうかい……。アルフ様が突然魔王様と手を組むと言ったときは正気かいって思ったけど……」

「その考えで間違いないな。俺も同じで魔王様は正気じゃないのかと思ったからな。しかし、お決めになるのは魔王様だ。ならば俺はその意見に従うまでだ」

「うんうん、本当にありがとうね……」

「ちっ、それにしてもここの農具は本当にボロボロだな。こんなものを使っていては農業もろくに発展しないだろう――」

「そうはいってもね。お上の方は自分たちが食えれば何も問題ないみたいでね。儂らのことなんて気にもしていないみたいじゃよ……」

「よし、アルフのやろうに言ってきてやる! ……あっ!?」



 意気揚々と俺の城へ向かおうとしていたジャグラだったが、俺の顔を見た瞬間に固まっていた。



「話は聞いた。確かにこれだと農作業は大変そうだもんな」



 俺は近くに置かれていたさびまみれでろくに手入れもされていない、ボロボロのクワを手に取る。



「仕方ないです。ちょっとでもマシな道具は余所に働きに出ていった若い方達に持たせましたので――」



 老人が寂しそうな目をして答える。



「……ただでさえ人手が足りないのに、道具までボロボロか……。駄目だな」



 これだと余所から食物を買う必要が出てきてしまう。

 自国で作った場合に比べて、余所から買うと運送費や人件費等、余分な金がかかってくる。


 無駄金を使うくらいなら全て自国でまかなえるように考えるべきだな。



「ジャグラ、少し聞きたいことがある」

「……なんだ?」

「お前は農作業について詳しそうだったからな。お前から見てこの畑はどう思う?」



 俺から見れば雑草は生え、荒れ果てているように見える。

 ただ、俺が見るよりは経験のあるものに見てもらった方がよりはっきりとわかるだろう。



「最悪だな……。元々かなり無茶な使い方をしていたのだろう? 土にほとんど栄養が残っていない。肥料もろくに与えていないんじゃないか?」



 ジャグラが老人に問いかける。



「えぇ、貴族様の無茶な要求に応えるには、肥料のお金を削って、育てられるだけ作物を育てていくしか食べていく方法がありませんでしたから――」

「そういうことだ。つまり、今俺が頑張って手を貸したとしても、あまり量は確保できないだろう」

「それならばどうすれば良い?」

「簡単なことだ。金をよこせ。いきなりこの畑は元には戻らないが、少しずつ肥料を加えていって、年々マシにしていってやる。あとは農具だ。これは作業の効率化のためによりよいものが必要になる」



 やはり金になるか……。

 まぁ、わかっていたことだな。

 それに農業に関して言えば、人を増やして行くに当たって必須の事業になるわけだからな。ここで生産できる量で国の人口が決まると言っても過言ではない。



「……わかった。それほどの金があるわけではないが、必要になりそうなものをまとめてくれ。できる限り新調しよう」

「ほ、本当ですか、アルフ様……」



 老人達が驚きを隠しきれない様子だった。



「何かおかしいことを言ったか?」

「い、いえ……、まさか王子様が自らそのようなことを仰ってくれるなんて思っていなかったものでして……。前にここを仕切ってくれていた貴族の方は『そんなことに金を使えるか!』と怒鳴ってくる方でしたから――」

「金を稼ぐにも手順がいるからな。少なくとも搾取だけでは人は付いてこない。その結果が今のこの国だろう? とりあえずこれからはここはジャグラが仕切ってくれるから安心すると良い」

「お、おいっ、俺は魔族国の――」

「自分からまいた種だろう? それに魔王直々に使ってやってくれと言われている。だから問題ないだろう?」

「ぐっ……、ま、魔王様がそうおっしゃっていたのなら――」



 ジャグラは何か言いたそうにしていたが、結局すぐに引き下がった。


 ただでさえ人手が少ないからな。

 使えるやつなら無理にでもそこに配置しないといけないよな。

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