✫ scene 02
◇ ◇ ◇
財布をひっつかんで玄関を出ると、家の前でにやけた顔をした千歳が立っている。
「お前、まじで最悪」
「えへ。ありがと、だいすき」
いつも俺が断れなくなるようなこと言って、無理やりひっぱりだす。ほっとけばいいのもわかってるのに。でも、ほんとにひとりで行ったら困るし。
「暴漢がどうのとか言うならちゃんと着ろよ、足出しすぎ」
ポーチの階段をおりながら文句を言うと、
「浅黄くんお母さんみたーい」
「お前なぁ……」
「いこ」
ヘラヘラ笑う千歳に手を引かれた。そのまま遠くから車の音がする夜道をふたりで歩いていく。ちなみに手は振りほどいた。
「火星……あ、金星かな……」
ふとつぶやいた千歳が空を見上げているのにつられて俺も上を見る。東京の空は星が見づらい、とか言うらしいけど別に住宅街ならそれなりに見える。それで千歳が言ってるのは一番光ってみえる星のことだろう。
「じゃない?」
そう返して、じっとその星を見てるとなんかじわじわ動いてる気がする。
「……ほんとに星? なんか動いてね?」
「え、歩いてるからそう見えるんじゃない?」
「やー明るすぎるし飛行機なんじゃん?」
「えー」
立ち止まった千歳につづいて俺も足をとめる。千歳は手でさんかくをつくって空にかざしている。
「うごいてないよ?」
俺も自分でさんかくをつくって空をみる。
「動いてみえんだけどなー」
千歳がくすっと笑った。
「浅黄くん、コーヒー飲みすぎで手ぇ震えてるんじゃないのー?」
「はぁ? なんだそれ」
「ほらー」
千歳のさんかくをこっちに寄せてこられて、身を屈めてそれを覗きこむ。
「あ、とまってる」
「でしょ」
さっきと全然違って千歳のさんかくの中でじっとしている金星をぼーっとみる。
「でもほんとに明るいねー、金星しか見えないくらい」
俺も思っていたことを口にした千歳につられて、何気なくとなりをみたら千歳の顔が近くにあった。思ったよりも近く。
やば、と思ったけど千歳に悟られたらマズい気がして、息を止めてゆっくり体勢をもどす。千歳はぜんぜん気にしてない様子で喋りつづけていて、助かったけどなんかムカつく。
「浅黄くんやっぱりカフェインとりすぎなんじゃん。ねれなくなっちゃうよー」
「しょうがないだろ好きなんだから。それに今日はお前のせいで寝るのおそくなってるだろ」
そう言って歩きだす。後ろを付いてくる足音が聞こえて、姿は見てないのにさっきの千歳の顔が頭の中に浮かんでくる。素顔のほうが見慣れてるはずなのに、なんか新鮮な感じっていうか。大学入ってからは外でみる千歳は化粧してる顔だったから?
変なこと考えてるのがわかってるのに止められなくてもやもやする。すると後ろから聞こえる足音が小走りになって、千歳にぱっと手を掴まれた。
「おいてかないでよ」
「あ、ご、めん」
無意識にはやくなっていた足をあわててゆるめる。千歳には手をとられたままだ。
「……手、は……つながなくていいだろ」
「震えてるから、ね?」
にやっとする千歳。
「それとは関係ないだろ……」
「じゃーわたしがつなぎたいから」
「……俺は……ちがう」
「だれも見てないからいいでしょ? だめ? ね、大きい道まで」
道の向こうに駅前のあかりが見えてきている。そんなこと言ってコイツ、大通り出てもなんだかんだ丸め込んでずっとこのままでいる気だ、ぜったい。
「はなさないで……」
こどもみたいな顔と無防備な格好でよわよわしく手をにぎってくる千歳をみると、こっちがわるいやつみたいな気分になってきて苦しい。
「……おねがい」
目を見られるともうほんとに、いやだとか言えなくなる。さっきからなんかコイツのことしか考えられなくなってるし……こんな風にさせられるから千歳のお願いはすきじゃない。
「……もう黙れよ」
言い捨てて足をはやめる。かさなったままの手のあいだをとおりぬける夜風がやけに涼しかった。
+ the End? +
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