interlude

−幕間− つぎのおはなしがはじまる前のふたりのおはなし

  ◇  ◇  ◇



 千歳とふたり、つめたいレンガのタイルにもたれて、狭いくぼみのなかで、できてないけど雨宿りしている。タオルをたたみながら千歳が言った。



「プールいくんだよね?」


「うん」



 また雨粒がおおきくなってくる気配がする。



「……傘、裏からとってくる」


「……おいてく気でしょ」



 千歳はすっかりいつもの調子になって、拗ねたような、冗談めかすような口ぶりだ。

 今さっきした仕打ちを考えるとしょうがないけど、そんなひどいやつみたいな言い方をされて苦笑いしてしまう。



「するわけねーだろ……」


「そーかなぁ~。逃げないようにいっしょに行こうかなー」


「いいって!」



 ちょっとムキになって言い返して、また俺だけ勝手に気まずい気分。



「……泣かせちゃったし……ここで待ってれば」



 うまくやさしく言えなくて、ただつぶやくだけみたいになって落ちつかない。



「気にしなくていーよ、そのまま裏からいこう?」


「……」



 千歳の声がやわらかく聞こえて、自分とくらべてしまって。それに、気にしなくていいわけないだろ、とか胸がもやもやして何も言えない。すると、ぺた、と千歳が肩をよせてきた。



「ほんとに。許してあげる」



 にやっといたずらっぽい顔でのぞきこまれる。



「ぎゅー、してくれたもんね」


「っし、てないっ! 慰めただけ!」


「えー! らぶらぶな感じだったじゃん!」


「全然ちがう! あれはスクランブル交差点の感じ!」



 ワールドカップとか、そういう。



「ええ……じゃー別でお詫びしてもらわないと」


「うわ」



 ぶつぶつ言いはじめた千歳にイヤな予感がして思わず息が漏れる。



「なにしてもらおうかなぁ……」



 断りづらいのをいいことにとんでもないこと言われるやつだ……! たとえば。



「せっかくだし……」


「待て、やっぱ」



 まっすぐな瞳にみつめられて、ぎ、と固まる。



「千歳って呼んで?」


「は」



 まぬけな声がでた。



「あー! がっかりしてるー! ちゅーして、って言ってほしかったんだー!」


「ちげぇ! 変な頼みだったから!」



 どくどく心臓がうるさい。千歳に聞こえそうなくらい。



「変じゃないよー。最近、『おい』とか『お前』ばっかりじゃん」



 こっちの気も知らないで、いや知ってか、ぶつくさ言いながらさらに身をよせてくる千歳。

 顔見られたくなさすぎて、体をひねるけど千歳がそっと手をまわしてくる。いつもみたいに強引じゃないのに、逆らえなくて。



「……ち、」


「はーやーくー」


「っ名前だけって、なんの文脈もないのにおかしいだろ……」



 ほら、せっかく覚悟きめたとこだったのに急かすから。



「ひょっとしてまだちーちゃんって呼んでるから慣れてないの?」


「ばっかじゃねーの!」



 こいつ……!

 やりあうのに疲れて息をつく。



「……いーかげん遅刻するし」



 軒下から雨の中に踏みだしながら口をひらいた。



「……走ろ、」



 ――ちとせ。

 小さく付け加えて足をはやめた。



「えぇ~? なーにー?」



 追いかけてくる声だけでにやけてるのが丸わかり。むかつく。



「ぜったい聞こえただろ!」


「聞こえてないー!」


「もうおわり……っ」


「も~! わたしは浅黄くんに泣かされました~! 浮気者~! 無責任男~!」


「な、」



 でかい声をだした千歳にぎょっとして振り返る。

 正門へ向かって傘をさして歩いている学生たちが、逆走していく俺たちをちょっと見やる。



「もーお前ほんとやだぁ……」



 体力じゃなくて気力がつきて、へろっと立ちどまると、どん、と追いついた千歳がタックルしてくる。

 えへへ、とふざけた声が背中に響く。



「けど、すき」


「……まじで勘弁して」



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