☂ scene 09
◇ ◇ ◇
はっと気づいたときには、息を切らせて千歳の手をつかんでいた。
「お前、なに」
それだけが口から出て、千歳を傘のそとに引きずりだすようにした。先輩は傘片手に「え」みたいな顔をしていたけど、よくおぼえてない。
ダッと腕をひいて駆けて、千歳を正門のわきのレンガのくぼみのようなところに押し込んだ。ぽかんとしている千歳のうしろに『消火栓』の文字が見きれている。
ふたりで雨宿りするには軒下のスペースはぜんぜんなくて、向かいあって立つと体半分くらいが濡れていくのがわかった。でも、そんなことは気にならなかった。
「なに、お前」
さっきとおなじようなことを口走る。
「次はあいつ? もう乗りかえたんだ?」
千歳は、ずっときょとんとしていたけど、だんだん不安げな顔になってきた。
絶対さっきはにこにこしてたくせに、なんだその顔。
「避けてるだろ。俺のこと」
今から俺、勝手なこと言うな、と思いつつもとめられなかった。
「……あんなにすきすき言ってたのに、もうそうじゃないってこと?」
千歳がちいさく息をのんだ。
「雨、特別だって言ってたじゃんか」
「……」
千歳が手をのばしてきて、すい、と顔にはりついた俺の髪をととのえた。そのまま、うれしそうな声をもらす。
「他のひとと相合傘したからおこってるの?」
ぶわ、といっきに顔があつくなってだまりこむ。
「……」
ニマニマしたまま、また髪の毛をいじってくる千歳をみても、さっきの苦しさはまだ残ったままだ。
「特別だって言ったじゃん……」
ぼそ、とくり返す。
泣きそうで、たまらなくなって、ぐっと息をのみこむ。
「お前はそういう軽いやつじゃないって思ってたのに」
しぼり出すように言うと、雨が降ってるはずなのにしん、と静まりかえっているように感じた。
――……長い沈黙。
ふと気づくと千歳の鼻をすする音がきこえた。まずい、こんなさむいとこに長居させて……。
うつむいていた顔をあげて千歳のほうをみたら、ぎょっとした。
「な、んで泣くんだよ」
目の前には、ぼろぼろ涙を流す千歳の姿。なんで、と言いつつ俺のせいなのはわかってるけど……。
千歳は、えぐえぐ言いながら口をひらいた。
「浅黄くんとじゃないと、とくべつじゃない……っ」
さっきまでの苦しさとは別で、胸がきゅ、とする感じがした。
「……っかんちがいさせたならもうしない、から。軽いなんて言わないで」
千歳はそのまま「ほんとにすきなのにぃぃ」とわんわん泣いて抱きついてきた。
「……ッわかってる。ほんとに軽いなんて思ってるわけないだろ。あんだけしつこいのに……」
いつもはしないけど、腕をまわしてやる。
「……さっき言ったの全部わすれていーから。別に、他のやつに気ぃ使うの、やめなくていい。お前のそういうとこなくなるの、いやだし」
「それに」と続ける俺の胸から顔をあげた千歳と目があう。もう涙はひっこんでるけど泣き顔だ。
「先週のことあやまりたい」
ひと呼吸おく。
「……新しい環境になって、なんか分かんないけど置いてかれてるの、お前のせいにして、八つ当たりしただけ。まじで俺ガキすぎ。あと……」
また顔があつくなってきた。
「さっきのは……あやまりたいのにお前、絡んでこなくなるし。俺のせいだけど。なのにお前、他のやつに絡んでるし、よりによって傘……」
「やきもちやいちゃったの?」
かぶせるようにうれしそうな声がする。
言われたくなかったけど、どうみてもそうだし、いつもみたいに「ちがう」とか言い返せなくてだまりこむ。
「わたしもいっしょー」
ぎゅ、とやさしい力で千歳が抱きついてくるけど、振りほどけない。
「浅黄くんのみんなにやさしいところ、すきなのにやきもちやいちゃった。あんまりかわいくない気持ちでそばにいたくないから、セルフ
「……
思わず苦笑いするのと同時に、勝手にななめうえの発想をする千歳に少しムカついた。
「そんなの気にしねーよ、いまさらだろ。お前もともと嫉妬深いし。ずっと避けるつもりだったのかよ」
千歳が「え」と変な顔をした。
「そんなわけないじゃん、明日から話しかけるよ」
「
「1週間だから。今日、最終日だけど、ふつうにしゃべっちゃって台なしだね」
えへへ、と笑う千歳。
「お前あんだけ言ってホントに響いてなかったの!? 1週間だけで済むとか、バカじゃねーの!?」
自分で言ってることぐちゃぐちゃなのはわかってるけど、しょうがなくないか!?
「響いてる! ちゃんとがまんする練習したもん」
「どうやってだよぉ」
情けない声が出た。
「浅黄くんが夜道を女の子ひとりで歩かせないのとか、傘なかったら入れてあげるのとかふつうのことだもんね。がまんできるよ。あと……」
そう言いかけて、千歳がぐすっと鼻をならした。
「ほかのこ好きになっちゃっても、がまんできる……から」
さっきより控えめだけど、千歳の目がうるうるしてくる。
「だっ、泣くなよ! お前に泣かれるのやだ……」
この前怒ったときでも泣かなかったのに今日はよく泣くし、ぜんぶ自分のせいだと思うけどどうしていいかわからない。
千歳の目からぽたっと涙がおちて、そのまま勢いづいたのか「がまん、できないぃぃぃ」とまた泣き出す。俺の袖をにぎりしめて。
「ぅ、ほかのこ好きにならないでぇ、やだよぉぉ……」
とかなんとかわめきだすから、もうやけくそになって思いっきり引きよせる。
「あーーーわかった!! ならない ならない ならないーーー!!」
「……ほんと?」
胸のあたりからくぐもった声がする。
「ほんとほんと!!」
「……合コンの子は」
し・つ・こ・い……!
「なんもなかったって! クラスで見栄張っただけ! わかるだろ!? こういうダサいとこあんの!! 別にお前の前でかっこつけたところで意味ないし、ほんと!!」
「……」
しずかになった千歳をやれやれ、と見おろす。
「……だいたい、今日会ったやつその日のうちに好きになるわけないだろ」
えへ、と変な声をだして千歳が顔をあげた。泣き笑いしてるし、にやにやしてるしひでぇ顔。腹立つな。
「……ッだからってお前のことがすきなわけないからな」
せっかく釘を刺したタイミングで、ぶぇくしょい、と千歳がくしゃみをした。
いつの間にか雨は霧雨に変わっていて、細かい雨粒でふたりとも髪や肩がびちょびちょになっている。
あんまり意味はなさそうだけど、プール用のタオルをひっぱりだした。
「ほら、ふいてやるから」
タオルですっぽり包んでやる。身をあずけてくる千歳の髪をぽんぽんたたきながら、テキトーに話す。
「髪、巻いたの?」
「んー、でもほとんど取れちゃったね……」
「あんましないのに」
「雨だし、どうせ広がるから……あと」
そこで千歳がちょっと笑った。
「小野寺くんから情報を入手しまして」
ぴた、と手がとまる。
「お姉さん系がいいんでしょ? さっきみた? わたしの外巻き。かわいかった?」
「……みてない」
ならなくていーし、とつぶやいて、それが聞こえないようにガシガシ手の力をつよくした。
「いーたーいー!」
笑いながら千歳がタオルから顔を出した。
瞬間、ふわっと知ってるにおいにつつまれる。
「……」
も~ぐちゃぐちゃ~、とか言いながら手ぐしで髪をすく千歳をさりげなく見つめる。
へらっと急にこっちを見た千歳の視線からにげるように、レンガのタイルに目をうつした。
「……お前ってさー、なんかつけてんの?」
「なんかって?」
「……なんでもない」
+ the End? +
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