☂ scene 05

  ◇  ◇  ◇



 まずった。なにが、とは言わんがせっかくのチャンスを。しかも、千歳から解放されるチャンスだったかもしれないのに。

 朝になって我に返った俺は、1限の講義室で後悔がおしよせてきて机に突っ伏している。


 そーだよ。はじめはとくに好きとかじゃなくても、付き合ううちに好きになったりするんだろうし。子どものころの人間関係にしばられてるより、そういうほうがずっと健全だ。


 ふと、自分のリュックの横にさしてあるあの子の折りたたみ傘をみやる。いまさら彼女とどうこうなれるわけはないけど、連絡して傘返して……。


 そこまで考えると、後ろの席のいすをおろす音がして顔をあげる。ふりかえると小野寺が荷物をおろしていた。



「おつかれー」


「おつかれー。なぁなぁ、昨日あのあとどうだった? なんかあった?」



 声を落としてきいてくる小野寺。同時に、講義室にはいってきた千歳の姿が横目にみえた。

 一瞬、千歳とぱちっと目があう。何かが後ろめたくてごまかすようにひと呼吸おいて、小野寺に視線をもどして、にやっと笑ってみせた。



「あった。かなり」


「まじか! やるな中村! つーか俺キューピッドじゃん!」



 よし。ぜったい千歳にも聞こえてるはず。事実を思いかえすと情けなくて泣けてくるけど。

 視界のはしで千歳がこっちをみているのがなんとなくわかった。


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