☂ scene 04
◇ ◇ ◇
2次会がおわったころ、外は雨だった。会計とかでばたばたしているうちに、俺は繁華街に“右ななめの子”とふたりきりでのこされた。
カラオケのときからとなりに座っていたから、小野寺が気をきかしてくれたんだろう。けど、いっしょに帰るにしても、いつもは天気予報をみないから俺は傘をもっていなかった。すると右ななめの子がコンパクトな折りたたみを取りだして、いっしょに使おうと言ってくれたので、彼女の傘を俺がもつ格好で駅に歩きだした。
「雨すごいね」とか、「家どっちだっけ」とか、「明日の予定は」とか、たわいない話をしながら足をすすめる。
同じ電車にのって、窓の外をながめると雨足がつよくなっていた。彼女の家は俺の最寄りより先だったけど、夜も遅いし送っていくことにした。彼女は「帰りうちの透明な傘もっていきなよ」と言ってくれた。
駅についてしずかな住宅街をふたりで歩く。ひとつの傘にはいって。
雨のせいか、それとも周りになにもないせいか、となりを歩く彼女からあまいにおいがただよってきて傘のなかで広がる。女子大生の概念みたいなにおいだと思ったのと、俺はおっさんかとツッコむのが同時くらいだった。なじみのないにおいでどぎまぎする。いや、会話に集中しろって!
……香水かな。それとも髪につけるやつ? 千歳がヘアなんとかを変えたときは「いいにおいする?」とか絡んできてしつこかった……って、またアイツが出てきてるし。
本人とおなじで一度頭に浮かぶと千歳のことが消えなくてなぜかもやもやする。さっきはうまく消せたと思ったのに。この前の雨の日と状況がにてるから?
でも、右ななめの子は強引に腕を組んできたりしないし、傘のなかのにおいは……しっくりこない。千歳はもっと落ちつく感じで……。
これ以上考えちゃいけない気がしたとき、となりの彼女がそっと、傘をもつ俺の腕をつかんだ。ほら、ぜんぜんちがう。かるくふれるだけ。
別にふりほどく必要もないからそのまま歩いた。いつの間にかふたりとも無言だった。
「うち、ここ」
彼女がぴた、と足をとめた。目の前にアパートがある。彼女に傘を手渡しつつ、ぎこちなく別れの挨拶を切りだす。
「あ、じゃー……喋れて楽しかったわ。連絡し、ます」
「あはは、送ってくれてありがと」
「ん、また。おやすみ。戸締り気を付けて」
彼女は傘を受け取らないまま、スッとなにかを考えている顔になった。そして俺にまっすぐ向きあって口をひらいた。
「私、ひとりで住んでるし、あがってく?」
え、まじ、そゆこと?
「……」
「あんまそういうつもりなかった?」
「や、そういうわけじゃ……」
俺がたじろいだのを見逃さなかった彼女が続ける。
「中村くんも彼女さがしに来たんでしょ、今日。まー遊び相手かもしれないけどさ。私もいい人いたらいいな、くらいの気持ちだったし。けど、中村くん可愛いところあるし、なんか気になるし、好きになれそうだから」
好き、に
「……一応私、だれとでもってわけじゃないからね。でも、どうなるかは後でも全然いいよ」
たしかに今日、そのつもりだった、はず。だけど、今日会ったばっかで。
さっと頭が冷えた。
――……俺、たぶんこーゆーの向いてないんだ。
「ごめん。俺、今日は帰るわ。おやすみ」
そんなことを言ってその場を走り去った。家についてからハッとした。
「やば、傘もってきちゃったよ……」
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