3話「ばかっ、コチョコチョするな!! 脇は弱いんだ!!」

 他の惑星の奴らが、地球をどうしたいかは知らない。


 だが少なくとも、我らスターテ星は、地球という星を守りたいと思っている。

 侵略と聞こえの悪い言葉を使っているが。

 最終的になしたいことは一つ――美しいこの星の保護だ。


 我らスターテの民は、大昔、地球人に出会い、そして救われたことがある。

 と、そんな言い伝えがある。


 実際の所どうなのかは知らないが、そんな言葉があるくらい。

 スターテの民は地球を、ある意味『愛している』のだ。

 だから。我に与えられた使命は三つ。


 この星で言う所の『政府』と接触すること。

 現地の情報を集め『正確な地球』を故郷へ知らせること。


 そして、『他の宇宙人の発見、もとい、害と判断すれば排除すること』だ。


 だから我は、地球侵略を目論んでいたギョル星の『ヌルメル』を処分した。








 しかしそれは、もしかしたら失敗だったかもしれない。


 処分自体は適切な対応だった。しかし我は、一つ大きな失敗を犯していた。

 簡単な話、目撃者が居たのだ。


 浅野リンと中村ともきの両名が、我の戦闘を目撃した地球人だ。


 中村ともきには既に記憶処理を行った。

 あの事件後は問題なく暮らしている。


 だが。問題は、その浅野リンの記憶処理なのだが。


「……どこにいるんだ」


 朝方から彼女の姿が見当たらない。

 彼女の家は知っている。だから出てくるのを待っていたのに。


 これでも我はあの少女の姿で活動しなければいけない。

 本来の姿では、この世界にとって非力すぎるのだ。


 だから我は少女の姿で街を走り回る。


「共鳴の力でもどこにいるかまでは分からないのか」


 全く、地形は既に把握しているが行けない場所が多いというのに。

 これで我の姿が入れない場所に居たら大変だぞ。

 基本的にこの姿で人目に付くのは避けたいのだから。


「まずまず、どうして姿を消した?」


 考えうる可能性はある。

 まず一つ、『我の干渉がバレMIBにつかまったか』。

 その場合は諦めた方がいいかもしれない。

 そしてもう一つ『彼女自身の心の問題だ』。


 こっちの方が助かるような気がするが面倒くささは変わらない。


「ったく、どこだというんだ」


 最初に我が不時着して来た空き地まで来た。

 あの土管の中で我は少女の姿になっていたのだが。

 今回は誰も空き地にいないらしい。


 おもむろに我は空き地の中に入る。

 そう言えばここには、我の大事な物を隠していたのだ。

 そう、それはこの土管の中に………。


「え?」

「あ」


 我が乗って来た宇宙船を隠した土管の中には、我の心理的に一番近い女。

 浅野リンが、隠れていた。


「お、お前は!!」


 浅野リンが我に指をさし、大声を出す様に息を吸うので。


「あー!! あー!! 何も言わないで!! 大声は出しちゃだめだ!!」

「んぐっ!?」


 勢いよく我は、小さな腕を最大活用し女の口を沈めた。


「ちょっ、あぶねぇって!! こんな狭いとこで!!」

「……あぁ、え? あ。あぁ、すまない」



 我が全体重を使って乗り込むが、いつの間にか我の体は、ひょいっと持ち上げられていた。


 そうだった。我は小さな少女だったんだ。

 力勝負で勝てるわけがない。


「お前は確か、水族館で魚を倒してた女の子だな!!」

「そっ、そうだ。あれは我だ」

「どうしてあんなかっこいいことが出来るんだ!! 言ってみろ、この!!」

「ちょ、まって!! くすぶらんといて!! あちょ!! おい!!!」


 ばかっ、コチョコチョするな!! 脇は弱いんだ!!

 てかこの体非力すぎるだろ!!

 って言っても、読み取ったこの女の姿になる訳にもいかないし。

 ぐぬぬ。


「話す!! 話すから、色々と説明する!! から、あひっ、やめてくれえええええ!!!!」



「ぐっ……どうしてこんな目に」


 我はやっと解放され、涙目の目と飛んだ唾を手で拭う。

 ……屈辱的だ。


「よだれたらして可愛いな、お前」

「うるさい!!」


 危ない。危なかった。

 本当に止めてほしい。死ぬかと思うだろ。

 浅野リン。要注意だな。


「で? お前は誰だ! あの魚は何だよ!!」


 と、彼女は土管の中で出しちゃいけない声でまた指をさした。


「……我は宇宙人だ」

「………ん?」

「200光年離れた銀河から来た。スターテ星の星人だ。名は、ラブと言う」

「…………」


 彼女は酷くすんっとした顔で静止している。

 きまずい空気が土管の中に流れた。


「どうした? そんなに反応がないと、こちらとしてもやりづらいのだが」

「いやえっと、どこからツッこんでいいか分からなくって。えっと宇宙人?」

「その通りだ」

「あぁ、はぁ。え? うん。なんていうか、もっと妖魔的なのを」

「悪いなSFで」


 宇宙人に自虐ネタを言わせるな。

 この星の笑いをまだ理解していないんだ、勘弁してくれ。

 ってか凄い機械っぽかったろ! どこに妖魔的要素があるんだ!!


「な、なるほど。ってなるとあの魚はもしかして?」

「宇宙人だ。同じく地球侵略を目論んでいたので処理した」

「なるほど……って地球侵略!? お前私らをどうする気なんだ!!」


 彼女はまた勢いよく指をさしてくる。

 おっと、あらぬ勘違いだ。


「言い方が悪かったかもしれないが別にどうこうしようとはしていない。ただ少しばかりこの国の政府と話がしたいだけで」

「政府と話って対話で脅す感じです?」

「そんなことが出来るほど我に語彙があると思うのか?」

「あんまり無いと思う」

「正直でよろしい。……で? 分かってくれたか」

「まるで理解できません」

「ふざけるなよ」


 思わず我でも土管で叫んでしまった。

 自分で自分の声に鼓膜をやられる。どうしてこんな甲高い声なんだ。


「とにかく! 我はただ地球を守りたいだけなんだ! 侵略と聞こえの悪い言葉を使っているがな」

「な、なるほど。なら、最初からそう言えばよかったんじゃね……?」

「次からはそうしよう。毎度このやり取りをやりたくない」

「………」

「……」

「で、どうして幼女に?」

「そこは聞くなあああああああ!!!」


 どうしてこんな甲高い声なんだあああああ――ッ!!!!



――――。



「……な、なるほど。大体分かりました」

「どれだけ長々と説明すればいいんだ……疲れるよ全く」

「すみません、私馬鹿で」


 やっと色々と理解してもらえたらしい。

 ちなみにだが、彼女との感覚共鳴に関しては一切話していない。

 話す必要がないと判断したからだ。

 彼女も、実は胸の内も知れていますと知ると、あまりいい気分じゃないだろうからな。


「だから私を探していたんですね。それで、記憶処理ってどうするんです」


 個人的に記憶処理を話したのはまずかったかなとか思ってたが。

 何かすんなりと受け入れてくれた。


「別に、ただ我が出すこの機械にオデコを向けてくれるだけでいい」

「なるほど、分かりました」


 といい、彼女は前髪をめくってオデコを見せる。

 何かやけにすんなりだな。

 変だ。


「………」

「……」

「そう言えばなんだが、どうしてお前はここに居るんだ?」

「え? それは……」


 我がそう聞くと共に、彼女は明らかに表情が曇った。

 前髪を上げていた右手がゆっくりと下に落ち。

 同時に。


 ――ズキッ。


 ……何だ今の感覚は。

 胸が痛くなった?


「……宇宙人ならいいか」

「ん?」


 宇宙人ならいいかって何だよ。

 と言いたかったが、まあここは抑えよう。


「実は私、好きな人が居るんだよ」


 彼女からは想像が出来ないほど落ち込んでいる声で始まった。


「……ほう」

「でも、振り向かせる方法が、分からなくって。どうしても私、そういうのが苦手って言うか……下手でさ!」


 ――ズキッ。ズキッ。


 またこの感覚だ。

 さっきまでなかったのに、どうしていきなり?

 なんて言えばいいのだろうか。

 まるで体に傷ついている感覚と、似ている気がする。


「それも私、ほんと馬鹿で、アホで。下手なりに頑張っちゃうんだよ。だからスベるし、このままじゃ幻滅されるなって」

「………」

「で、考えちゃったんだよ。もしあいつと付き合えても、こんな私があいつと釣り合うのかって」

「…………」

「あいつは頭が良くって、優しい人なんだ。そんな人に私が釣り合うのか。分からなくなった。自分はそんな贅沢に過ごせる人間じゃないのは、分かってつもりだ。だって私は、『不器用』だから」

「……………」

「――諦めるべきだなって。思った。馬鹿だからそう思った。……でも、そう思うと、考えると、苦しくなった」

「それで外を歩いていたのか? 気分転換の為に……」


 今我が感じているこの痛みは、彼女の恋心そのものだった。

 恐らくだが、先ほどまでなんの共鳴も受け取れなかったのは。

 彼女が外を歩いて、そのことを考えないようにしていたからなのだろう。


「――――」


 恋愛っていうのは、痛いんだな。


「おいお前」

「……はい」

「考えすぎだ」

「……え?」

「まずまずお前がどういう人間なのかお前が理解してない! 客観的にみて見ろ! お前はどれだけ凄い人間か」

「………」

「それにお前は『不器用』を免罪符にして現実逃避をしているが、それは間違いだ。人間は自由なのだろう? 我々と違い、生まれたときから歩けるではないか! 我らスターテの民はまず優秀な種を見つけるところから始まる。そこから出来ない物は『下界』へ送られ、優秀な種は『足』と『手』を授けられる。それの方が人口が増えず制御しやすいからだ」

「………」

「それにお前はネガティブ思考なんだ。どうしてすぐ諦めようと思う?」

「………っ」

「我はお前が馬鹿すぎて見てられない。どうして諦めようと思う? どうして思考がそうなってしまうんだ。心に従えばいいだろう。心があるんだ。心が痛むんだ。こんなに、こんなに痛いんだぞ!! こんなに痛いのにどうして、お前って奴はッ! 馬鹿だよ!!」

「泣いて……るのか?」

「――――」


 言われて気が付いた。

 我は泣いていた。

 どうしようもない程泣いていた。

 胸が痛くて仕方がなかった。


 これはっ、この女の近くにいると、我の共鳴も強い物になるのかもしれないな。


「はぁぁぁぁぁ」


 これは、でかいため息も出るよ。

 我は涙を袖で拭きながら、息を整える。

 そして次の瞬間。


「ふぐっ!?」

「はい、口おーきく開けて言え『にょーん』と」

「じょっとぉ、ぬあわにして!」


 我は彼女の口を両手で思いっきり広げ、そう詰め寄る。

 先手必勝。先ほどの様に掴み上げられないように我は彼女に考える隙を与えない。


「いいから言え!」

「……にょぉーん?」

「もっと声出して!!」

「にぃ、にょおおおん!!」

「はい『にぃーん』!!」

「にいいいいいいん!!」

「『にぉーん』!!」

「えっ! ちょ…っ…」

「笑ってるんじゃないぞ! 真剣に!」

「にぉぉぉぉん!!!」

「最後だ!『ぬぉーん』!!」

「ぬ、ぬおおおおおおん!! ぷっ、あははっ!!」


 彼女は自分がしている事についに耐え切れなくなり。

 笑いが止まらなくなった。

 土管の中でふんぞり返りながらお腹を押さえる。


「どうだ? ネガティブは吹っ飛んだか」

「へ?」

「ネガティブな時は無理やり笑え。馬鹿なら馬鹿な事をして笑えば良いんだ。腹に油性ペンで顔でも書いて遊べばいい、逆立ちしてスパゲッティでも食べればいい」

「………」

「だから、諦めるなよ! 心があるなら、その痛みに敏感になれ。自分がどうなりたいかなんてお前が考えても無駄だ。でもな」



「せめて前向きに生きろ」



 宇宙人なりの言葉だから、人間的には変な事を言っているのかもしれない。

 前向きだとか、下向きだとか、そんな事はよくわからない。

 でもなぜか、馬鹿なくせに深く考えようとする。

 この女にムカついたのだ。

 ただ、それだけだ。





「色々過ぎた事も言ったが、改めてお前に記憶処理を行う」

「………うん」


 我は再度、記憶処理用の装置を構える。

 彼女も大人しくオデコを突き出している。

 そうだ、この記憶処理と共に共鳴も直せればいいのだが。

 まぁ。それは不可能だろうな。


「では、さようならだ」

「……」


 我は機械のボタンを押す。

 すると機械は赤く光り、激しいモーター音を出しながら起動を始めた。

 なんの記憶を消すか。それは分かっている事だった。

 だから迷わず、我はそれを設定をしたのだが。


「やっぱいやだ」

「……は?」

「宇宙人……いいや、ラブ!」


 彼女は土管の中で、我が持っていた記憶処理装置を片手で吹っ飛ばした。

 勢いあまって装置が破損する音が土管の中に響き渡り、そして。


「私の妹として、暮らしてみねぇか!!!」


 胸倉を掴んできた。

 それは喧嘩するときの力加減とはまた違う、でも、必死なのは伝わってくるものだった。


「ま、まて! そんなことしても我にメリットが」

「メリットはある! 地球の事を知りたいなら、地球人から教わった方が効率がいいだろ!」

「そ……それは確かに一利あるが」

「ならいいだろ! 飯も作るし私はお前を守る。だから、私の恋愛を、恋路を手伝ってくれ!!」

「………」


 それはある意味、我が施したおまじないの結果なのかもしれない。


 先の変な戯れは、我が子供の時、母とされる人から実際にやってもらった物だ。

 『元気になるおまじない』。

 子供の我にはめっぽう効いて、それを糧に頑張った物だ。


 そう、我はポジティブであれと言った。

 ネガティブ思考はやめろ。お前はお前を客観視できていないと。


 だからこの選択は、その実行。

 いわゆる『ポジティブ』に考えた結果なのかもしれない。

 なるほど。

 これはまた、我は、とんでもない過ちを犯したらしいな。


「……わかった」


 断る理由もない。デメリットはあるが、メリットももちろん存在している。

 これはお互いがwin-winの関係だ。

 だから。


「我の名は『ラブ・レバルベリール』だ。地球を侵略しに来た」

「私の名前は浅野リン! 喧嘩上等、拳で語れだ」

「なんだその頭の悪い二つ名は」

「私らしくて私は好きだ。いいだろう?」


 同意を求めてくるな。

 ちとポジティブ思考に振り切りすぎてないか?


 ……まあ、悪くないか。


「よろしくな、相棒」







 まさかこの我が『地球を侵略しようとしたら、恋愛を知る』ことになるとはな。

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地球を侵略しようとしたら恋愛を知りました へいたろう @He1tar0u_8

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