2話「なに色々理由はやし立てて来てんだよ水族館!!」
まず、部品の融解の影響で装置の修理は不可能だった。
機械学の分野でエキスパートである我だから分かる。
これは一度故郷へ帰り、
電源部分と放電システムをまるまる取りかえなきゃ直らない。
しかし幸い、使命に支障はまだ出ていない。
あくまで我の仕事は地球のデータの採取だ。
その地を歩き、この星の仕組みを理解し、人間として潜む。侵略者。
それが我の使命であり、一種の誇り高き行動だ。
なので、どんな生物がこの星に存在し、人間がどんな物を食べ生活しているか。
知る必要がある。
「おっ、お嬢ちゃんおひとりかな?」
と、入口で職員に止められた。
「はい! お魚さんを見たくって」
「一人で来るなんてすごいね! 楽しんでいってね!」
「うん!!」
そう、知る必要があるのだ。
我は『ラブ・レバルベリール』。
機動士部隊、ゼロの隊長であり。
諜報、戦闘、家事と数々の分野のエキスパートである。
そんな我だが、今日、初めて。
「わぁ、水族館だぁ」
――じゃねえええよ!!!!!
なに色々理由はやし立てて来てんだよ水族館!!
何をしているんだ我は、小型魚のデータなんぞ見るだけで十分だというのに。
どうしてこの女児の演技をしながら我は……!
我は!!!
「………」
我は一体どうして……。
「あっ、あれとか可愛くね?」
「確かに可愛いね。僕これ買おうかな」
「ならうちも」
「ん? 同じものでいいのかい?」
あ、いたいた。
我は物陰に隠れ、入口近くにあったおみあげエリアを覗き込む。
すると中には、一度見た事がある二人が微笑ましい内容の会話をしていた。
彼、中村ともきと言う男に。
あの女は惚れているらしい。
そして女のデータを採取した我にも、その激情が伝わってきている。
あれから、まるで共鳴するかのように我の心臓は、あの女の情緒に振り回されている。
データを採取する為だから共鳴する仕組みなんてない筈なんだが。
予期せぬ使い方をしたのだ。
予期せぬことが起こるに決まっている。
と言っても、あくまで我はあの女の激情に塗りつぶされた訳じゃない。
我は我としての自覚が、きちんとあるのだ。
じゃあなぜ我は、あの女と男の動向を探っているのかと言うと。
簡単に言えば。――心配だ。
「わっ、私もカメが好きなんだよ」
「そうだったんだ。じゃあ今からいくエリアが決まったね」
「てか、こういうおみあげ屋さんってある程度水族館を楽しんで帰る時に入るもんだろ?」
「確かに一利あるが、これには理由がある。まず、出口付近のおみあげ屋さんは混んでいるという事だ」
出口付近のおみあげ屋さんは混んでいる。
この水族館の構造はインターネットとやらで既に検索済みだ。
ここは入口と出口が完全に決まっていて、入口から退館することは出来ないという決まりがある。
どうしてそんな決まりがあるかは分からないが。
恐らく混むと詰まるからだろう。
で、現在は休日の土曜日だ。
だから出口付近のおみあげ屋さんは、必ず人が集まっていると説明してくれる。
彼は一つ一つ、丁寧に教えてくれる。
「………」
そういうちゃんと色々考えてるとこが良いんだよ!!!!
ふざけんな! カッコよすぎだろお前!
女子の前で格好つけてうんちくを披露する偽物とはちげぇ、
あのムカつく顔しながら付け焼き刃の知識を披露する、甘ったれたクソ男子とは訳がちげぇ。
そう、この中村と言う男は、『カッコイイ』のだ。
……が、おおよそあの女の中で行われている思考の内容だろう。
何というか、まぁ、幼稚だな。
そんな程度の気遣いでうろたえるほど、あの女は甘い。
どうせ対人経験がさほどないのだろう。
こんな女の思考を理解した所で、ばかばかしくなるだけだ。
はぁ、全く。
我は一体何をして……。
「あ?」
顔が、熱い。
気づくと、心臓がうるさくなっている。
これは、これが、『恋』と言うのか?
くそ、屈辱的だ。
「お揃いで良かったの?」
「お、おう。いいんだよこれで」
言いながら、女はカメのぬいぐるみを大事そうに抱える。
あれは今日から布団のお供だな。
我には分かるぞ。
「よし、じゃあ中いこっか」
田村を先頭に、彼らはやっと水族館の奥へ進んだのだった。
「ど、どうして男に先導させてるんだ」
馬鹿なのかあの女は……。
ここはカッコイイ所を見せて中村と言う男に見直させる場面だろう。
どうしてそんな照れくさった顔して、
後ろをちょこちょことついて行っているのだ。
我は二人を尾行しながら、怪しまれない程度に人混みを歩く。
「あら、あんな小さな子が一人で来てるわよ」
うるさいわい。小学生が一人で水族館に来て何が悪い。
「……はぁ」
あの男勝りな性格はどこに行ったんだ。
好きな人の前ではそんなにも弱っちまうのか?
情けない。
「色んな魚がいるね」
「そ、そうだな!」
「浅野さんは何でカメが好きなの?」
「えっ……それは」
ん、まて。
恐らくあの女がカメが好きな理由はただ一つ。
『中村が好きだから』だぞ。
だがしかし、今ここで馬鹿正直に答えてみろ……いい想像が全く出来ない。
どうする気だ女。
「……い。妹がカメ好きでさ!!」
「妹?」
「そう! だから、妹にあげるんよ、このカメ!」
「……妹居たんだ。初めて知ったよ。覚えておこう」
軽々しく嘘を付くな。
我は知っているぞ、お前に妹はいない。
どころか、親とも別居しているのではないか。
ここ数日の我を舐めるのではない。
幼女の姿になってしまえば、我は容易に街を歩けるのだから。
名前『浅野』。
趣味は喧嘩と暴食と料理。
最後の一文だけは家庭的だが、それ以外が壊滅的なろくでなしだ。
そんな女が、上手に恋を出来る筈もない。
まずまず、どうしてそんな女があのような男に惚れたのだ?
確かに要所要所と我もあの男に魅力を感じるが。
しかしだな…………ん?
我の眼前、大型水槽の中に、嫌な影が見えた気がした。
大きな魚の様な見た目だが、その気色の悪い外見なんて忘れるわけもなく。我は幼女の目を細める。
すると、見えてきたのは。
「あいつは……」
――――。
「この水槽、大きいね」
中村ともきがそう大きな水槽の前で言う。
通りがかりだからそこまでよく見る気は無かったが、まぁ彼が言うので私も視線をずらした。
「なぁ~、こんなのが割れたら大変な事になるぞ」
「そんな物騒な事言わないでよ」
私が空気を読まないことを言うと、
彼はそう苦笑した。
苦笑された。
「――――」
また私は変な事を……!
さっきのカメと言い、私は馬鹿か! 見え見えの嘘をついてどうするんだ。
この男を惚れさせたいのに。
この男にいいとこ見せて、この男からの信用を勝ち取りって距離を近づけたい。
だのに、私はこういうのが大の苦手なんだ!
大雑把で馬鹿で、
人当たりが強く喧嘩しかしてこなかった人生だから。
どうすればいいか、どうすれば好きになってもらえるのか。
全く分からない……。
「浅野さんは妹さんと仲いいの?」
ほらまたこう、墓穴を掘りそうな質問がくる。
それもいちいち目を見て話さなくていいんだよ! あほ!
「なっ、仲はいいぞ!」
「そうなんだ。実は僕も弟がいてね、今まで浅野さんみたいに、こんな話す相手がいなかったから、浅野さんと兄妹トークできそうで嬉しいよ」
彼は爽やかな笑顔と共に、嬉しそうに頬を染め、笑いかけてくれた。
「――――」
ナイス判断だったかもしれない。
あれ? 私は天才だったか?
私って無自覚系のジャンルだったのか?
「え――」
そうだ、私も馬鹿じゃない。
確かに喧嘩だとかしか知らなかったけど、私も女なんだ、だからやればできる女。かもしれない!
そう、昔親も言ってた気がする!
「ヤればできる」って!
「まって、あれって、ヒビ?」
「まま? あれ!」
そうだそうだ、私は今までこういう出来事がなかったから分からなかったんだ。
そう、私は天才。きっと、やればできる女の子!
だから!
「中村! すきだ――」
「逃げるよ、浅野さん!」
「えっ?」
私が思い切って告白をしようとした瞬間、そう右手を掴まれ言われた。
えっ、触られたやばいえぐいしぬ心臓が――。
「って」
――ヒビが入っていた。
「――――」
大きな水槽に、大きなヒビが走って。
めきめきと地続きに広がっていくヒビの奥には、
見た事も無いくらい巨大な魚が、まるでこっちを見ているようで。
いいや、目が合った。
「ひっ」
次の瞬間。
水槽が音を立てて勢いよく瓦解し、地面が揺れ、水が溢れだしたのだ。
立っていられないほどの揺れ、押し寄せる濁流の音。
私はその波に流された。
な、なにが起こったの?
水槽が割れて、って大変じゃん! やばいじゃん死ぬよ私!!
……でも、息が出来てる。
溺れてるわけじゃない?
「………」
反射的に塞いでいた両目を少し開けて、目の前をやっとの思いで見渡す。
すると見えてきたのは――あり得ない光景だった。
「さっ、魚が浮いてる?」
水槽くらいの巨大な魚が、水を空中に浮かせその中に鎮座していたのだ。
そしてまるで意思があるかのように目を泳がせ。
「ちっ、まだMIBにも見つかってなかったのに。何者だギョ」
……魚が喋った。
魚が喋った!?!?!?!?!?
「……主は、ギョル星のシンカイ族か」
「はっ。いかにも、俺はギョル星随一の戦闘民族、ヌルメルだ」
魚が喋った!
それに結構流暢だ!
ええ!? 何が起こってるの? どういうこと?
夢でも見てるのか私は。
それに、あの魚。
魚の小さな口からは想像が出来ないくらい――――可愛い声で喋っている。
ええっと、声のせいで言葉が言葉として認識されない。
単語が頭に入ってこない。
お魚さん、よくアニメ声って言われません……?
「ギョ、なんか馬鹿にされた気がするギョ」
「何言ってんだギョ」
「あ? 真似したギョ?」
「………」
「え? 無視ギョ? 酷くない?」
それに誰と会話しているんだろう?
こっちも何だか幼い声だけど、どこにいるか分からない。
どこだ?
まださっきの衝撃で、色々と理解が追い付いてない。
「で。そのヌルメル様が、何故ここに居る?」
「地球侵略だギョ、俺の同胞をこんな陳腐な水槽に閉じ込めて、俺は人間が許せないギョ」
「にしてはお前も中に居たよな」
「それは水の中でしか生きられないからな! てかもうそろそろ貴様も名乗れ、ただの人間ではないだろう」
目の前の巨大な魚が、強い敵意をこちらに向ける。
――いいや、違った。
強い敵意を向けているのは私ではなく、私の前に居る、小さな女の子へだった。
「我か、わざわざ名乗るのも気が進まない」
「では。何しに俺を攻撃した!!」
「そんなの、簡単な事だ」
堂々と仁王立ちし、私の目の前でその女の子は口を開いた。
「我々が地球を侵略するのだ、暁には地球を独り占めする」
「……はっ、なるほど。つまりは早い者勝ちって事か!! ギョオオオ!!!!」
刹那、その咆哮と共に水が振動し、小さな斬撃がその少女へ向かって発射される。
しかし私が瞬きすると、既にその場にその少女はいなくなっていた。
「ギョ!?」
その声で私は、お魚さんの方へ視線を向ける。
すると――魚に向け右手を突き出している女の子が、そこに居た。
「まさか、まさかお前は!!」
その時、まるで海外で実写化された某トラ〇ス・フォーマーの様な機械音が響き。
少女の片手はみるみると変形した。
「――スターテ式銀河型プラズマ弾」
「お前があの……スターテ星の、バーサーカー!!!!」
「発射用意完了、スタンバイ」
「ちっっくギョオオオオオオオオ!!!!!」
「我の名は『ラブ・レバルベリール』我こそが、地球を侵略する者だ」
スターテ星【機動士部隊・ゼロ】
総隊長『ラブ・レバルベリール』。
通称『ラブ』。
「発射(ラブ)」
ピンク色の閃光が走り、発射された強い光は、その魚の脳天を貫いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます