第47話 関所らしさ

 山の天気は変わりやすいと言う通り、翌日の天気は予報にない雨だった。


 これでは登山道を歩くのは厳しい上に、昨晩吐いてしまったわたしの体調も心配だということで、今日も昨日に引き続き、バンガローの中で演出の話し合いと稽古をすることが、朝食の最中に決まった(美術館を見に行くという案もあったものの、公演の内容と直接関係がないという理由で却下された)。


「……で、今日は何を決めるの?」


「そうですね……昨日、箱根関所を現地で見たわけですし、大道具について、今のうちに決めておいたほうがいいかなって思います」


 中島先輩の質問に、圭夏ちゃんが答える。


「まあ、それは理に適ってるけど……でも、あれを完全に再現するのは私たちじゃ不可能でしょう?」


「もちろんです。ていうか、プロの劇団でもそのまんまは再現しないと思いますけどね」


「そうなの?」


 圭夏ちゃんの言葉に、わたしは首を傾げた。


 学生演劇の場合、予算や人材の都合で大道具を用意できないことがあるっていうのはわかるけど、プロの劇団ならその辺は気にしなくっても良いような気がする。


「うん。前にも言ったかもしれないけど、画面に映っているものがすべての映画と違って、演劇は観客の想像力を刺激するものだから」


「つまり、関所の風景を完全には再現できなくっても、それっぽい印象を観客に与えることができれば問題ない……ってこと?」


「そういうことです。そういう意味じゃ、演劇は映画よりも小説に近いかもしれませんね」


 永井先輩の問いに、圭夏ちゃんは首肯する。


 確かに、受け手の想像力に委ねる部分が大きいって意味では、演劇は小説に近いって言ってもいいかもしれない。


 自分のペースで観ることができず、話がどんどん進んでいってしまうのは、映画館で観る映画に近いんじゃないかって、わたしとしては思うけど。


「なるほど……それで、どうすればコストを抑えつつ、関所っぽさが出せるのかしら」


「それを、これから話し合って決めるんですよ」


「……要するに、大鳥さんはまだ何も、具体的なことは考えてないってことね」


「そーですけど、そんなハッキリ言わなくっても……」


「あ、あの……」


 圭夏ちゃんと中島先輩が微妙にギスギスし始めたタイミングで、わたしはおずおずと手を挙げた。


「わ、わたし、こう思うんです。昨日、あの関所に威圧的な印象を感じた一番の原因って、黒い木の柵なんじゃないかな、って。同じ和風の古い建物なのに、お寺や神社みたいに心が安らがなかったのも、たぶんあれのせいだったんじゃないかなって気がするんですけど……」


 みんなの注目が集まる中、わたしは自分の意見を述べる。


「それなら……段ボールか何かを黒く塗って木柵を再現できれば、わたしたちでも関所らしさは出せそうね」


 それを聞いて真っ先にそう言ったのは、永井先輩だった。


「はい」


「えっ、何そのアイディア、めっちゃいいじゃん! 千秋、やっるう!」


 わたしが頷くと、圭夏ちゃんは電球が点いたかのようにぱっと明るい顔になって、わたしの背中を手のひらで思い切り叩いた。


「い、痛っ……」


 その衝撃に、思わず声が出てしまうわたし。


「ちょっと、大鳥さん。榎本さんは昨日吐いたばっかりなのを忘れたの?」


「そうそう。嬉しいのはわかるけど、今のはちょっと良くなかったと思うな」


「す、すみません……」


 中島先輩と永井先輩に注意されて、圭夏ちゃんはしゅん、と肩を落とす。


 そういえば、圭夏ちゃんと話すようになった直後、彼女に背中を叩かれた時は、痛いと思っても口に出して言えなかったし、先輩たちとはまだ知り合ってすらいなかった。


 そう考えると、あの頃とは本当に何もかも変わったんだな、って思う。


 昨日、ちょっと嫌なこともあったけど、それを差し引いても、圭夏ちゃんと一緒に演劇部を作ろうって決心してくれた、過去の自分にはこう言ってあげたい。


 ありがとう、と。

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