第41話 着せ替え人形

 わたしが部室で待機していた中島先輩に「今日は圭夏ちゃん、風邪でお休みだそうです」と伝えると、二人だけでは部活にならない――永井先輩は軽音部に行っている――ので、一緒に大鳥家までプリントを届けに行くことになった。


(そういえば、中島先輩と二人っきりになるのって珍しいような……)


 別に、彼女のことを意図的に避けていたわけじゃない。


 ただ、同級生の圭夏ちゃんと二人で過ごすことが多くなるのは必然だし、頼りになる最上級生の永井先輩には色々と相談に乗ってもらう機会が多かったけれど、中島先輩とはそういうことがなかったってだけだ。


 そうだ。


 せっかくだから、この機会にみんなの前では聞きづらいことを聞いてみてもいいかもしれない。


「そういえば、先輩はどうしてファッションデザイナーになりたいと思ったんですか……?」


 そう考えたわたしは、住宅街の中を歩きながら中島先輩に尋ねた。


 一番身近な人に怒鳴られて否定されても諦められないくらいなんだから、もしかしたら特別な理由があるのかもしれない――


「幼かった頃、母が色々な服を買ってくれたのよ。それで、かわいい服を着るとこんな楽しい気持ちになれるんだって感じたのが、最初のきっかけ」


 そんなわたしの読みは、ある意味では当たっていた。


「そ、そうなんですか……」


 お母さんのことについて話しているのに、珍しく機嫌が良さそうな、どこか昔を懐かしむような雰囲気の中島先輩に、わたしは生返事をした。


 だって、完全に予想外の答えだったから。


「まあ、あの人のことだから、私のことなんて着せ替え人形くらいにしか思っていなかったんでしょうけどね」


 口ではそう言いつつも、中島先輩の態度はやっぱり楽しげだった。


(お母さんのこと、嫌いになりきれないんだろうな……)


 いっそ完全な毒親であれば、もっと割り切って考えることができたのかもしれないけど、楽しい思い出がまったくないわけじゃない――それどころか、今の自分を形作っていると言っても過言じゃないほどの体験をさせてくれた人だから、どんなに酷いことをされても、心の底から憎むことができない。


 中島先輩のそんなアンビバレントな心情を察して、わたしは「やっぱり、相手のことをちゃんと知るには、二人だけで過ごす時間も必要なんだろうな」と感じた。

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