第42話 親ガチャの格差

 圭夏ちゃんの家は、タワマンではないもののそれなりに新しく、小綺麗な高層マンションだ。


 前を通ったことは何度かあるけど、実際に足を踏み入れるのは今日が初めてである。


 同じ「大型の集合住宅」という括りで考えると、中島先輩の家とは、月とスッポンとまでは行かなくても、ゲンジホタルが生息している川とアメリカザリガニが生息している川くらいの差はあるんじゃないかと思う。


 あの団地にはなかった、オートロックのエントランスや、人が乗れるエレベーターもちゃんとあるし。


「こんにちは」


 わたしが圭夏ちゃん、というか大鳥家のチャイムを鳴らすと、先程エントランスのインターホンで対応してくれた女性――圭夏ちゃんのお母さんが内側から玄関扉を開けた。


「お、おじゃまします……」


 扉を押さえてくれた中島先輩に軽く会釈して謝意を示しながら、わたしは大鳥家に足を踏み入れる。


「おじゃまします」


 その後に、中島先輩が続いた。


「どうぞ」


 靴を脱いで上がっていいのか迷っているわたしたちに、圭夏ちゃんのお母さんは柔和な微笑みを浮かべながら促す。


「は、はい」


「失礼します」


 そのままリビングに通されたわたしたちが、言われた通りソファに座っていると、圭夏ちゃんのお母さんは温かい紅茶とクッキーを運んできてくれた。


「二人とも、わざわざありがとね」


「はっ、はい」


 圭夏ちゃんも、年齢を重ねて落ち着きが出てきたら、こんな雰囲気になるのかもしれない。


 そう思わされる、ひまわりのような満面の笑顔を向けられて、わたしは少し気恥ずかしさを覚えた。


「……どうも」


 中島先輩も、反応を見る限りではわたしと似たような気持ちらしい。


「学校での圭夏は、どんな感じ?」


 わたしたちの向かいに腰掛けながら、優しく尋ねてくる圭夏ちゃんのお母さん。


「あっ、えっと……すごく元気で、行動力があって、なんていうか……」


「私は大鳥さんより一学年上なんですけど、どちらかといえば引っ張ってもらうことが多いです。演劇部を作ったのも彼女ですし」


 初対面の相手の質問にうまく答えられないわたしに代わって、中島先輩が言った、


「そっか。うちでの様子と、あんまり変わらないみたいで安心したわ。学校だとあのテンションの高さでウザがられてたり、迷惑をかけたりしてないか心配だったから」


「め、迷惑だなんて、全然そんなことは……」


「まあ、私とは時々揉めることもありますけど……でも、それはお互い演劇に対して真剣だからですし、気にしてませんよ」


 満更でもなさそうな様子で話す中島先輩に、圭夏ちゃんのお母さんは「くすっ」と笑った。


 わたしはその様子を横目で見ながら、紅茶に口を付ける。


 茶葉の銘柄なんてよくわからないけど、スッキリとしていて飲みやすい。


 せっかくだし、と思って、クッキーもいただいてみると、こちらは控えめな甘さとサクサクとした食感がたまらなかった。


(そういえば、中島先輩の家に行った時は、お茶もお菓子も出なかったっけ……)


 長居していたら、ぶぶ漬けは出してくれそうな雰囲気だったけど。


 思えば、中島先輩のお母さんは学校での娘の様子を気にする様子もなかったし、圭夏ちゃんと中島先輩の家庭環境は、単に「いい家に住んでいるかどうか」ってだけじゃなく、もっと広い意味で対照的だって感じる。


 ちょっと品のない表現で、あんまり好きな言葉ではないけれど、こうしてみると、やっぱり「親ガチャ」というものは確かにあるのだと、そう思わざるを得ない。


 だから、たぶん、自分が恵まれているという自覚がある永井先輩は――


「……口に合わなかった?」


 わたしの思考は、圭夏ちゃんのお母さんの不安そうな声によって打ち切られた。


「えっ?」


「クッキーを食べてから、難しそうな顔をしてるから……」


「あっ、いえ、おいしくなかったわけじゃなくって、むしろおいしかったが故に、考え事をしてしまったというか……」


「ああ、甘いものを食べると、脳が活性化するって言うものね!」


 手を合わせるのと同時に、パッと明るい表情になる圭夏ちゃんのお母さんを見て、「ああ、やっぱり子供って、良くも悪くも親の影響を大きく受けるものなんだな……」とわたしは思った。

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