第35話 舞台のアドバンテージ
その後、一幕ものに近い、場所がほぼ固定された構成でプロットを書き直すと、圭夏ちゃんはあっさりOKを出してくれたので、わたしはすぐさま台本を書く作業に取り掛かった。
「うーん……ちょっと、ト書きが細かすぎるかなあ」
そして、初稿を読んだ圭夏ちゃんの反応がこれである。
今日は木曜日の放課後なので、先輩たちは二人とも部室にいる(永井先輩は基本、火曜日と木曜日に演劇部の活動に参加している)。
「なるべく台詞で説明したくない、っていうのはわかるんだけどさ、これじゃあ後ろの席の人には伝わらないと思うんだよね」
「後ろの席の人……?」
圭夏ちゃんの言葉に、わたしは首を傾げた。
「うん。オペラグラスでもあれば話は別だけど、中学の文化祭にそんなもの持ってくる人はあんまりいないだろうしね」
オペラグラスっていうのは確か、舞台とかを鑑賞する時に使う双眼鏡のことだったはずだ。
「つまり、後ろのほうの人は単純に、舞台が遠すぎて見えないってこと……?」
「そうそう。演劇は映画みたいに、俳優の顔や小道具をアップで撮ることはできないからね。ある程度大きい動作ならともかく、細かい手振り身振りや表情の演技は、前のほうに座ってる人にしか伝わらないよ」
「な、なるほど……」
考えてみれば当然のことなんだけど、当たり前すぎて逆に盲点だった。
「まあ、原作がある二・五次元の舞台とかで、どうしてもスマホの画面を見せる必要があるって場合なんかは、プロジェクションマッピングを使って見せるって手もあるにはあるけど、オリジナルの舞台ではあんまりやらないほうがいいと思う。この話はシリアスな時代劇だから、雰囲気も崩れそうだしね。てか、そもそもうちの体育館の設備じゃ無理だけど」
「……なんだか、演劇って『できないこと』ばっかりじゃない?」
と、中島先輩が口を挟んだのは、わたしが「主人公が役人としての使命とヒロインに対する情の狭間で揺れるシーンは、観客に向かって独白で語らせよう」と考えていた時のことだった。
「あー、まあ、それはそうですね……」
さっきまで早口で喋っていた圭夏ちゃんの歯切れが、急に悪くなる。
たぶん、否定はできないんだろう。
「大鳥さん、あなたはどうして映画部じゃなくて演劇部を作ったの? コンクールに出るわけでもないのに……」
遠回しな言い方だけど、中島先輩が「コンクールに出ないんだったら、制約の多い演劇じゃなくて、映画を作ったほうがいいんじゃないの?」と思っているのは、口調や表情からして明らかだった。
先輩は「コンクールに出ない」という決定に、まだ不満を抱いているんだろうか。
元々、ファッションデザイナー志望で演劇に対してそこまでこだわりがあるわけではないはずの彼女が、どうしてそこまでコンクールに固執するのか、わたしにはよくわからない。
たぶん、何か理由があるんだろうけど――
「映画はちゃんとしたものを撮ろうとしたら、機材とかパソコンとか、すごくお金がかかるっていうのもありますけど……でも、別に演劇は映画の下位互換ってわけじゃないですよ?」
わたしが頭を悩ませていると、圭夏ちゃんが中島先輩に反論した。
「それはそうなんでしょうけど……でも、具体的なアドバンテージが何なのか、私にはよくわからないのよ」
演劇が映画に勝っている点は何なのか。
わたしも先輩と同じく、それについてはよくわかっていないので、できればこの機会に、圭夏ちゃんに教えてもらいたい。
「……中島先輩はハイレゾ音源を聴いたり、音楽番組を観たりすれば、ライブに行く必要はないと思いますか?」
「そんなことはないけど……あっ」
圭夏ちゃんの言いたいことを理解したのだろう、中島先輩が目を見開く。
「そういうことです。生身の演者が目の前にいて、観客と同じ時間を共有する……そのことには特別な価値があるから、どれだけ技術が進歩したって、演劇もライブも廃れないんですよ」
実際、アーティストのライブは配信で観ると生で参加するほど盛り上がらないので、圭夏ちゃんの話には説得力があった。
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