第34話 演劇のプロット、映画のプロット

 配役が決まってから、ちょうど一週間後。


「うーん……話の流れは悪くないんだけど、なんていうか演劇のプロットになってないような気がするんだよね。映画のプロットなら、こういう感じで良いと思うんだけど」


 放課後、わたしが書いてきたプロットに目を通した圭夏ちゃんは、渋い顔をしてそう言った。


「ど、どういうこと……?」


「映画ってバンバン場面を変えても構わないし、なんなら同じシーンの中でもいくらでもカットを割れるわけじゃん? でも、演劇はそういうわけにはいかないからさあ」


「場面転換が多すぎる、ってこと?」


「そうだね……単純に場面転換が多いっていうのもあるけど、それよりも舞台だと時間的、空間的な飛躍は表現しにくいってことを意識してほしいかも」


「でも、ヒロインの伊豆の実家での幸せな暮らしや、江戸での奉公の厳しさを実際に場面として見せておいたほうが、観客は感情移入しやすいんじゃないの?」


 と、横槍を入れたのは中島先輩だった。


 圭夏ちゃんに読んでもらったのと同じプロットを昼休みに渡してあるので、先輩たちもその内容については把握済みだ。


「だーかーらー、そういうのは映画の表現技法なんですってば。もっと長い上演時間を確保できるならともかく、十五分から二十分くらいの尺で伊豆、江戸、箱根って行ったり来たりしたら、どうなると思います?」


「さあ……?」


 圭夏ちゃんの質問に、中島先輩は首を傾げた。


 わたしたちはコンクールに出るわけじゃないから、「上演時間は何分以内」って厳しい規定に縛られているわけじゃないけれど、台詞を覚える難易度や、きちんと活動に参加している部員の数を考えると、あまり長い尺でやるのは難しいだろう。


「演劇っていうのは、役者の演技で場所のイメージを観客と共有するものですから、短い間に場所がポンポン変わると、そのイメージがリセットされて、物語に対する没入感が薄れるんですよ。あと単純に、演劇は映画みたいにパッと一瞬で場面を切り換えられるわけじゃないですから、明転にせよ暗転にせよ、多用しすぎるとテンポが悪いですよね。大道具を動かしている間は、話が進まないわけですし」


 淀みなく語る圭夏ちゃんの姿に、わたしは彼女が「演劇に関しては、かなり真剣に勉強している」のだということを改めて実感する。


 授業中は寝ていたり、ノートに落書きをしていたりするんだけど。


「つまり……場所は箱根で固定したほうがいいってこと?」


「うん」


 わたしが尋ねると、圭夏ちゃんは首を縦に振った。


「でもそれだと、ヒロインの事情が観客に上手く伝わらないんじゃ……」


 演劇には「観客に向かって独白をさせる」って手法もあったはずだけど、正直あんまりスマートなやり方じゃないし、安直に採用すると、それこそ没入感が薄れそうだ。


 かといって、これから関所破りをしようとしている人間がそのことを他人にベラベラ話すとも思えないし、やっぱり、箱根以外の場面も必要なんじゃないだろうか。


「いや、そんなことはないと思うよ。てか、この内容で尺も限られてるってことを考えると、場所はもう箱根っていうより、関所だけで固定しちゃったほうがいいかもしんない」


 そう考えていたわたしに、圭夏ちゃんは真逆の提案をした。


「えっ?」


「だって、主人公が牢屋に閉じ込められたヒロインから話を聞くって形でキャラのバックボーンを掘り下げれば、観客は不自然さを感じずに、主人公に感情移入して、ヒロインに同情できそうじゃない?」


「なるほど……主人公の知らされる情報と、観客の知らされる情報をイコールにすることで、両者の感情をシンクロさせよう、ってことね」


「そういうことです」


 永井先輩の言葉を、圭夏ちゃんが肯定する。


 言われてみれば確かに、尺もないんだし、主人公の一人称視点的な話にしたほうがいいかもしれない。


 というか、圭夏ちゃんがそこまで考えられるのであれば――


「台本はわたしじゃなくて、圭夏ちゃんが書いたほうがいいような気がしてきたんだけど……」


「え?」


「だ、だってわたしより、圭夏ちゃんのほうがずっと演劇に詳しいわけだし……」


「いやー、あたしは演劇に関する知識はあるけど、千秋みたいに一からストーリーを作れるわけじゃないからなー。千秋がプロットっていう骨組みを作ってきてくれたから、あれこれアイディアが出せただけっていうか……」


「要するに、大鳥さんは編集者にはなれても、漫画家や小説家にはなれないタイプってこと?」


「そうそう、そんな感じです」


 我が意を得たり、と言わんばかりに、圭夏ちゃんは永井先輩に同意する。


「ってわけだからさ。あたしとしては、これからも千秋に台本担当を続けてほしいと思ってる」


 圭夏ちゃんの声色は、真摯なものだった。


「…………」


「……あたしには、千秋が必要なんだよ」


 それでも踏ん切りがつかないわたしに、圭夏ちゃんは切実な口調で訴えた。


 そうだった。


 あの日、圭夏ちゃんが必要としてくれたから、わたしは今、こうしてここにいるんだ。


「……わかった。もう少し、頑張ってみる」


 ようやく思い出せた初心を胸に、わたしは圭夏ちゃんの目をまっすぐに見ながら答えた。

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