第32話 案ずるより産むが易し
翌朝。
「いいじゃん、面白そう!」
「ただ、先輩たちには反対されるかもね……衣装も劇伴も、和風のものを用意するのは大変だろうから」
わたしが安堵する中、圭夏ちゃんが急に声のトーンを落とす。
「そ、そうだよね……」
「でも、どーにか説得したいな……」
「……圭夏ちゃん、そんなにわたしのアイディア気に入ってくれたの? それとも、前から時代劇をやってみたかったとか?」
彼女の妙に前のめりな姿勢を不思議に思い、わたしは尋ねた。
「いや、そういうわけじゃないんだけど……あ、そういうわけじゃないっていうのは前から時代劇をやってみたかったって部分で、千秋のアイディアが気に入らなかったって意味じゃないからね?」
「あ、よかった……」
わずかに不安を感じ始めたタイミングで、圭夏ちゃんがすかさずフォローを入れてくれて、わたしはホッとする。
「あたしはさ、コンクールに出ないんだったら、コンクールじゃ評価されにくいジャンルの劇をやってみたいって、前から思ってたんだよね。そしたら千秋が、コンクールじゃまず評価されない時代劇の、面白そうなアイディアを話してくれたんだもん。そりゃあ、乗り気にもなるよ」
「……そっか」
演劇について話す時の圭夏ちゃんは本当に楽しそうで、見ているこっちまで自然と笑みがこぼれてしまう。
「あと、中島先輩にコンクールから逃げたって思われたくないっていうのも、正直、少しはある……かも」
「だから、難易度の高い時代劇に挑戦してみたい、ってこと?」
「……うん」
目を泳がせる圭夏ちゃんにわたしが質問すると、彼女は小さく頷いた。
× × ×
放課後。
「いいんじゃない?」
「……うん。やり甲斐がありそう」
わたしたちから「ロミジュリを和風にした時代劇をやりたい」という案を聞いた先輩たちは、意外なほどあっさりと賛同してくれた。
こういうのを、「案ずるより産むが易し」って言うんだろうか。
「えっ……?」
「何、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてるのよ」
驚くわたしに、中島先輩が怪訝そうに尋ねる。
「だ、だって、和服を用意するのって大変じゃ……」
「別にそうでもないわよ。関所のお偉いさんの服は、流石にどこかで借りてくるしかないでしょうけど……でも、ヒロインは庶民なわけだし、デザインするのも縫うのも、洋服に比べて特別大変ってことはないわ」
「そ、そうなんですか……?」
「ええ。むしろ、和服のデザインを研究するのもいい勉強になりそうだし、燃えてきたわ。服のデザインとは少し違うけど、ゴッホやゴーギャンだって浮世絵の影響を受けていたわけだしね」
「そういえば……」
そんな話を、ネットで見かけたような記憶がある。
「ってことは、永井先輩も?」
「?」
圭夏ちゃんの問いに、永井先輩は首を傾げた。
「永井先輩も、和風の劇伴を作るのがいい勉強になりそうだと思ったから、やり甲斐がありそうって言ったんですか?」
「うん。それは……そうなんだけど……」
「?」
妙に歯切れの悪い永井先輩の態度に、今度は圭夏ちゃんが首を傾げる。
「……ごめんなさい、なんでもないの。忘れて」
「えー、そう言われると気になるなあ」
「……大鳥さん、茶化さないの。本人がなんでもないって言ってるんだから、無理に聞き出す必要もないでしょう」
と、圭夏ちゃんを諌めたのは、中島先輩だった。
あんまりこういう気遣いをするタイプだとは思っていなかったので、わたしは少し意外に感じる。
「……それもそうですね。すみません、永井先輩」
「いいのよ、気にしないで。それより、演目が決まったってことは、今日のミーティングはお開きでいいのかしら?」
素直に謝る圭夏ちゃんに、永井先輩が質問した。
「いや、プロットを作る前に、一つ大事なことを決めておかないとダメですね」
「大事なこと?」
「キャスティングですよ。漫画や小説なら気にしなくていいことですけど、舞台は生身の人間がリアルタイムで演じるわけですから」
少し不思議そうに聞き返す永井先輩に、圭夏ちゃんは説明した。
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