第31話 和洋折衷
昔、漫画雑誌の巻末コメントで、漫画家さんが「現実逃避につい部屋の片付けをしてしまう」と言っていたのを読んだことがある。
当時はどうして部屋の掃除が現実逃避になるのかよくわからなかったけれど、今なら嫌というほどわかる。
アイディアが思い付かない時に部屋の整理整頓をすると、いい感じに気が紛れるのだ。
おまけに、ゲームをしたり漫画を読んだりするのとは違って、遊んでいるわけじゃないから、罪悪感もあまり覚えなくて済む。
とはいえ、わたしの部屋は元々そこまで散らかっているわけではないので、すぐに終わりが見えてきてしまうんだけど。
(ど、どうしよう……ん?)
その時、机の上に放置されていた鎌倉遠足のしおりがわたしの目に入った。
(遠足、全然楽しくなかったなあ……)
せめて、圭夏ちゃんと一緒の班であれば、もう少し楽しかったのかもしれないけど――
そんなことを考えながら、資源回収用の紙袋にしおりを入れようとするわたしだったが、ふと違和感を覚えて、ピタリと手を止めた。
なぜかはわからないけれど、このしおりはまだ捨てちゃいけないような気がする。
(もしかして、何か創作のヒントが……?)
いや、こんな行程と持ち物が書いてあるだけの紙切れに、そんなものがあるわけない。
でも――このしおりそのものじゃなくて、鎌倉という行き先には、あってもおかしくはないかもしれない。
鎌倉にはお寺や神社といった、歴史的建造物が数多くあるわけだし。
(そういえば、何年か前には鎌倉時代の大河ドラマもやってたっけ……)
そういう古い時代を扱った物語でも、日本や中国――いわゆる漢字文化圏が舞台のものは、シェイクスピアのそれよりは登場人物に感情移入しやすい気がする(あくまで比較の話だけど)。
と、いうことは。
ロミジュリを東洋風に脚色することができれば、現代の日本人が共感できて、なおかつオリジナリティもある物語が描けるんじゃないだろうか。
(これ、結構名案かも……!)
などと、ウキウキしながらパソコンを立ち上げるわたしだったが、東洋風と言っても具体的にどうすればいいのか、どれだけ考えても妙案がまったく浮かばなかった。
厳密に言えば、喉元のあたりまでは何かが出かかっているような気もするんだけど、このまま机に向かっていても、それが何なのかは掴めそうになかった。
(気分転換に、お風呂でも入ろうかな……)
そう判断して、わたしが脱衣所まで移動すると、お父さんが買ってきてくれたのであろう、温泉の成分を再現した入浴剤が置かれていた。
一回分の粉末が小分けされた袋の中に入っていて、一箱であちこちの温泉地が楽しめるようになっているタイプのものだ。
草津に熱海に鬼怒川に――うちから一番近い温泉地である、箱根のものもある。
(……ん? 箱根?)
その地名を目にした瞬間、わたしは喉元まで出かかっていた、「何か」の正体を理解した。
小学校五年生の秋に遠足で訪れた、箱根の関所。
そこでわたしは関所破りをしようとして死罪になった少女、お玉ちゃんの存在を知った。
「入り鉄砲に出女」という言葉がある(※)ように、彼女に限らず、関所破りをしようとして捕まるのは、主に江戸から京都方面に行こうとする女性だったはずだ。
でも、関所で働いている役人は、大半が男性だったわけで。
もしかしたら、罪人の女性に同情しているうちに、恋に落ちちゃうような人もいたんじゃないだろうか。
つまり――江戸時代の箱根関所を舞台に、「ロミオとジュリエット」を翻案すれば、いい感じになるのでは?
(けど、時代劇って衣装とかセットとかのハードルが高そうだしなあ……)
いや、圭夏ちゃんは「どうしても魔法の世界を描きたいっていうのであれば、全力でそれに応えるつもり」だって、前に言ってくれた。
きっと、それは時代劇だとしても同じなはずだ。
※実際には箱根関所で江戸に入る武器の改めが行われていたという記録はないそうですが、千秋は特別歴史に詳しいわけではなく、一年半前に行った箱根遠足についての記憶も曖昧なため、あえてこう記述しました。
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