四章 舞台演劇という媒体

第30話 思想の強さと劣等感と

 表現したいテーマは決まったものの、それをどう台本に落とし込んだらいいのかがわからず、わたしが昼休みに廊下をウロウロしていた時のことだった。


「あ、演劇部の一年の子だよね?」


 軽音部でリードギターを担当している女の先輩が、そう声をかけてきたのは。


「は、はい」


「大丈夫? 雪江が迷惑かけてない?」


「め、迷惑だなんてとんでもないです。むしろ、お世話になりっぱなしで……」


「そう? あの子結構思想強いから、変なこと言ってないか心配だったんだけど」


 先輩の言葉を、わたしはすぐさま否定する。


「…………」


 先輩が呆れたように笑う中、わたしは永井先輩がスランプに陥るのもわかるな、と思った。


 中島先輩は永井先輩のことを仲間に恵まれていると思っていそうな感じだったけど、実はそうではないのかもしれない。


 ひょっとしたら「バンドメンバーと反りが合わなくって、一緒にいる時間を減らしたいから」っていうのも、演劇部との兼部を決めた理由の一つだったりするんじゃないだろうか。


(そういう冷笑的な態度は良くないですよって、言ったほうがいいのかな……?)


 でも、わたしが余計なことを言ったら、永井先輩と他のメンバーの溝がますます深まってしまう可能性もあるわけで。


 そう考えると、そういう自己満足的な行動は良くないような気もする。


 いや、これも言い訳で、単にわたしが臆病だから、「仲間が抑圧されているのなら、断固としてそれに抵抗する」という、少し前にしたばかりの決意通りにすら行動できないだけなのか。


(う、う~ん……)


 ダメだ。


 どうしたらいいのか、わからない――


「大丈夫? やっぱり、雪江が余計なことを……」


 黙って考え込むわたしに、先輩が心配そうな表情で尋ねた。


「い、いえ、それは絶対にないです。どっちかっていうと、相談に乗ってもらったりとか、話し合いをまとめてもらったりとか、こっちが迷惑をかけちゃってるんで、どうやってお返しをしたらいいのかな、って思ってます」


「……まあ、あの子には才能も実績もあるからね。負い目を感じる気持ちはわかるよ」


「えっ?」


 突然、しんみりとした顔になる先輩に、わたしは少々面食らう。


「私、一応リードギターなんだけどさ、ぶっちゃけ雪江のほうが全然上手いんだよね、ギター。本人は『リードギターとボーカルを兼任するのは無理』とか言ってるけど、雪江が歌いながら弾くギターのほうが、私が歌わずに弾くギターより絶対上手い」


「そ、そうなんですか……?」


「うん。ていうか、雪江はベースもドラムもキーボードも、うちの部じゃ一番上手いんだよ? その上、作詞も作曲も編曲も全部一人でやっちゃうんだから、そりゃあコンプレックスを刺激されもするよね」


「そ、そうですね……」


 自嘲気味に笑う先輩の言葉に、わたしは軽く頷いた。


 思想の強さ云々はともかく、それに関しては同意できる。


 だって、もし同級生にプロの小説家や脚本家がいたら、わたしだって劣等感を覚えずにはいられないだろうから。

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