第21話 価値観の違い
その後、下校時刻を迎えたわたしたちは、永井先輩を含めた四人で、他愛もない世間話をしながら帰路についた。
「じゃあ、わたしはここで」
そう言って、看板に「永井クリニック」と書かれた、三階建ての建物の前で立ち止まる先輩。
この診療所は、わたしも何度か診察のために訪れたことがある。
正面から見て左側が医療機関に、右側が住居になっている建物だ。
「この病院って、先輩の家だったんですね……」
「うん。父が、開業医をしているの」
圭夏ちゃんの言葉に答えた後、永井先輩は「じゃあ、また部活で」と言い残して、住宅側の玄関から建物の中へ入っていった。
言われてみれば、彼女とあの先生は雰囲気や顔立ちが似ているような――
「先輩、せっかくの入部希望者を追い返すようなこと言わないでくださいよ」
わたしの思考は、圭夏ちゃんが中島先輩に放った、彼女にしては珍しく不快感を滲ませた一言によって打ち切られた。
「あら、私そんなこと言ったかしら?」
「直接、そう言ったわけじゃないですけど……音楽活動に集中しろって、ほぼほぼそういう意味じゃないですか」
とぼける中島先輩に、圭夏ちゃんが反論する。
「……確かめたかったのよ、あの人の本気度を」
すると、先輩はおもむろに歩き始めながら静かに言った。
「本気度?」
その後を追いかけながら、圭夏ちゃんが聞き返す。
「軽音部との掛け持ちは構わないけど、冷やかしや遊びのつもりなら帰ってほしかったってこと」
「まあ、気持ちはわからなくもないですけど……最初は軽い気持ちで来た人でも、演劇の楽しさを知れば、真剣になってくれることもあると思うんですよね」
「……そういう人も中にはいるかもしれないけど、稀じゃないかしら。軽薄な人間は、いつまで経っても軽薄なままのことのほうが多いと思うわよ」
「うーん、そうなんですかねえ……」
「そうよ」
腕を組み、首をひねる圭夏ちゃんに、中島先輩はきっぱりと言い切る。
たぶん、二人の違いは真剣にソフトボールをやっている友達がいる人間と、怠惰な美術部の面々に失望し、演劇部に移籍した人間の違いだろう。
「まあ、永井先輩が何事にも真剣に取り組む人だっていうことはわかったんだし、この話はもうおしまいにしましょう」
「そーですね……」
強引に話を打ち切る中島先輩に、不満そうな口調で応じる圭夏ちゃん。
そんな彼女たちのやり取りに、わたしは一抹の不安を覚えた。
この二人の価値観のズレが軋轢を生み、ようやく見つけたわたしの居場所である演劇部が、部員を揃えることもできずに空中分解する――
それだけは勘弁してほしいと、心の底から思う。
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