第18話 努力の質

「……戻りました」


「あら、おかえり」


 トイレから部屋へ戻ってきたわたしに、中島先輩が言った。


「あっ、はい……あの、ところで……」


「?」


「先輩って……自衛隊に興味があるんですか?」


「……トイレのあれなら、私の趣味じゃないわ。防大を目指してる兄が買ってきたものよ」


 どういうわけか、わたしの問いにどこか不機嫌そうな調子で答える中島先輩。


「そ、そうだったんですか……」


 てっきり、お兄さんとは仲がいいと思ってたんだけど、わたしの勘違いだったんだろうか。


 あるいは、お兄さんのことは好きだけど、防大に入るのは嫌とか、そういった複雑な想いを抱いているのかもしれない。


 防大生は全員、寮に入らなければならないということを考えると、ありえない話ではないような気がする。


 普通の大学よりは、危険な目に遭う可能性もだいぶ高そうだし。


「ええ。それよりも……あなたたちの作品やそれに準ずるものも見てみたいんだけど、いいかしら?」


「小学生の時に書いた、作文でもよければ……」


 中島先輩が急に話題を変えたのは、これ以上この話を続けたくないという意思表示だと判断して、わたしは答えた。


 先輩の作品を見せてもらっておいて、こっちの作品は見せないっていうのも不公平だろうし、特に断る理由もない。


「十分よ。あなたは? 役者志望なんでしょ」


 わたしの返事に中島先輩は満足して、そのまま圭夏ちゃんに尋ねた。


 役者志望であることはたぶん、わたしがトイレへ行っている間に知ったんだろう。


「えっと……幼稚園の時にやった劇の動画じゃ……ダメ?」


「……なんでそれでいいと思ったのか、逆に知りたいんだけど……他に何かないの?」


 困ったような笑顔を浮かべ、小首を傾げつつ質問する圭夏ちゃんに、中島先輩は頭を抱えながら聞き返す。


「いやー、ないんですよね、これが。一応、基礎連はバッチリですし、舞台や映画を観て勉強したりもしてるんですけど……」


「……要するに、まだ実際に観客の前で演技をしたことはない、ってこと?」


「……はい」


 珍しく、覇気のない声で答える圭夏ちゃん。


「そう……まあ、それは仕方ないとしても……あなた、練習や勉強はちゃんと考えながらやってるの?」


「ほえ?」


「努力は裏切らない、なんて人は言うけど……考えて努力しないと、簡単に裏切るわよ」


「ちゃ、ちゃんと考えてやってますよ……失礼な」


「そう? ならいいけど」


 涼し気な顔で答える中島先輩を見て、「この人、言ってることはおおむね正しいんだけど、言い方がキツいなあ……」とわたしは感じた。

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