第17話 三春の母親

 建物の外観に反してそれなりに綺麗な、中島家のトイレ。


 その暖房機能付きの便座に腰掛けたわたしの目に、海上自衛隊の保有艦一覧が描かれたカレンダーが目に入った。


 あれは、中島先輩のお父さんの趣味だろうか。


 それとも、お兄さんのものか。


 いや、自衛隊に興味がある人を、男性だって決めつけるのは良くない。


 もしかしたら、先輩本人やお母さんの趣味かもしれないんだし。


(誰のものなのか、後で先輩に聞いてみよう……)


 ぼんやりとそう考えながら、わたしは排泄物を流してトイレを出た。


「うわっ」


 そして、そこで先輩のお母さんだと思われる、中年女性とばったり遭遇する。


「……どちら様?」


 驚くわたしに、怪訝そうに尋ねてくる先輩のお母さん。


 たぶん、この人もトイレに入りたかったんだろうけど――こういう場合、「三春の友達?」と聞いてくるのが普通ではないだろうか。


 いや、「こうするのが普通」なんてレッテル貼りは、個人的にはあまり好きではないけれど、それを差し引いても、この対応はあまり気持ちのいいものじゃない。


「後輩……です。中島……いや、三春先輩の」


 しかし、この家に住んでいる人の質問を無視するわけにもいかないので、わたしはそう答える。


「そう……珍しいわね、あの子がうちに人を連れてくるなんて」


 すると、先輩のお母さんは心底どうでもよさそうに言った。


 どう見ても、中学二年生になった娘に後輩ができたことを喜んでいる、という反応ではない。


「……そうなんですか?」


 確かに、中島先輩はあまり家に人を上げるようなタイプには見えないけれど、一方でこうして初対面のわたしたちを自室まで連れてきたりもしているので、少し意外だった。


「まあね。それより……あの子、めんどくさい性格してるでしょ」


「ま、まあ……そうですね」


 いいえ、とは言えないのが少し悲しい。


「嫌だったら、ハッキリ言っていいんだからね? 後輩だからって遠慮しないで」


「は、はあ……別に、嫌というわけでは……」


 こちらに気を遣ってくれているのかもしれないけれど、ずいぶんと辛辣というか、娘に対しての愛情を感じない言葉だな、とわたしは感じた。


 親なら、普段あまり家に人を呼ばない子が珍しく後輩を連れてきたのであれば、「仲良くしてあげてね」とか、そういうことを言ってもいいと思うんだけど。


「……そう。なら、いいんだけどね」


 などと、わたしが内心であれこれ考えていると、先輩のお母さんはそう言って、トイレに入って鍵を閉めた。


 なんていうか――こんなふうに表現するのは失礼かもしれないけれど、先輩との関係がうまく行っていないのも納得、って感じの人だとわたしは思った。

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