第9話 そうじゃない

 翌朝。


 登校中のわたしが、どうやって大鳥さんに声をかけるか脳内であれこれシミュレーションをしていた時、突然、誰かがわたしの肩をポン、と軽く叩いた。


「おっはよ、榎本さん!」


 突然のことにビクッ、と震えるわたしに、明るく、大きな声で挨拶をしてきたのは、なんと大鳥さんその人だった。


「お、大鳥さん!?」


 色々なパターンを想定していたものの、向こうから声をかけてくる可能性はまったく考慮していなかったわたしは、少し焦る。


「いやー、昨日はごめんね。強引に誘っちゃって。迷惑だったよね?」


「う、ううん、そんなことは……」


「それにしても、榎本さんって足速いんだねー。あたし、ビックリしちゃったよ」


 大鳥さんの言葉を否定するわたしだったが、声が小さすぎて彼女には届いていないようだった。


 このままじゃ、まずい。


 二人で演劇部を作るという話が、なかったことになってしまうかもしれない。


 でも、わたしみたいな陰キャが大鳥さんの言葉を遮って話すなんて――


 いや。


 たとえ、一時的には大鳥さんの気分を害することになったとしても、わたしの正直な気持ちを伝えることは、長期的に考えれば彼女のためにもなるはずだ。


「あ、あのね、大鳥さん……」


 そう自分に言い聞かせて、わたしは口を開いた。


「ん?」


 先程よりは若干、声量を上げたおかげか、今度は気付いてくれる大鳥さん。


「わ、わたしは、その……」


 ダメだ。


 うまく言葉がまとまらない。


 どうして人と話す時って、文章を書く時みたいにいかないんだろう――


「もしかして、昨日のこと?」


 自分から話を切り出しておいて言葉に詰まるわたしに、大鳥さんは助け舟を出してくれた。


「う、うん……」


 ああ、いい人だなあ、大鳥さん。


 やっぱり、わたしはこの人と――


「あー、あたし、よくデリカシーがないって言われるんだよねー。自分でも直さなくちゃ、とは思ってるんだけど、これがなかなか難しくってさ……」


「そ、そうじゃないの!」


 またも誤解している大鳥さんの言葉を、わたしは今度こそ大きな声で遮った。


「……え?」


「昨日、大鳥さんが一緒にやりたいことやろうよ、って言ってくれた時……わたし、ほんとは嬉しかったの……ただ、距離が近すぎて、ドキドキしちゃって……あと、突然のことだったから、ビックリしちゃったっていうのもあって……」


「……よーするに、あたしと一緒に演劇部作ってくれる、ってコト?」


 大鳥さんの問いに、深く、はっきりとわたしは頷く。


「マジで!? やった、ちょー嬉しい! ねえねえ、今すぐ部活創設の申請に行こ!」


 ピョンピョン飛び跳ねて嬉しさを全身で表現した後、大鳥さんはわたしの手を取って走り出した。


 わたしは「うちの学校にも文芸部があればいいな」と考えるだけで、具体的には何もしてこなかったというのに、すごい行動力だ。


 ただ――昨日、松平先生と話している時も思ったけど、もう少し考えてから行動したほうがいいかもしれない。


「ま、待って、大鳥さん!」


「圭夏でいいよ。あたしも千秋って呼ぶから。あたしたち、もう友達じゃん?」


 そう思い、大鳥さんを呼び止めるわたしだったが、彼女は止まらない。


「そう……なのかな」


 わたしたち、まともに話したのは昨日が初めてなのに、友達なんて言ってしまっていいんだろうか。


 でも、悪い気はしない。


「そうだって。ほら、ゴーゴー!」


 などと、わたしが甘い幸福感に浸っている間にも、大鳥さん――圭夏ちゃんはわたしを引っ張ってどんどん進んでいく。


「……圭夏ちゃん、聞いて! 部員が五人集まらないと、部活としては認められないの!」


「…………え? そうだったっけ?」


 わたしの叫びを聞いて、圭夏ちゃんはようやく立ち止まり、首を傾げた。


「うん、生徒手帳にも書いてあるよ。ほら……」


 わたしは懐のポケットから生徒手帳を取り出して、圭夏ちゃんに該当するページを見せる。


「げっ、ホントだ……で、でもさ、四人以下でも同好会としてなら認められたりとか……」


「……しないみたいだね」


 希望的観測を口にする圭夏ちゃんに、わたしは校則を確認して答えた。


「それに、校則を抜きにしても、二人だけで劇を完成させるのは難しいんじゃ……」


「確かに……じゃあまずは、部員を集めないとね。最低でもあと三人……」


「よく圭夏ちゃんと一緒にいる、あの二人は?」


 正直な話、わたしは今のところ彼女たちにあまりいい印象を抱いてはいないものの、新しい部活を作るためであれば、背に腹は代えられない。


 それにちゃんと話してみたら、案外いい人たちかもしれないし。


「あの二人はダメ。ああ見えて、けっこう真面目にソフトやってるから」


「そっか……あ、あと、顧問になってくれる先生も見つけないと……」


「うーん、顧問かあ……顧問、顧問……」


 と、しばらく考え込む圭夏ちゃんだったが、


「あっ、それについてはなんとかなるかも」


 やがて、何か思い付いたようで、ポンと手を打った。


「えっ?」


「あたし、ちょっと考えがあるんだ」


 そう言って、圭夏ちゃんは悪い笑みを浮かべた。

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