第7話 やりたいことを
「大鳥さん、待ってー!」
まだ松平先生に腹を立てているのか、早足で歩く大鳥さんを必死に追いかけながら、わたしは声を張り上げた。
「ん? ああ、榎本さんじゃん。どったの?」
立ち止まり、無造作に振り返る大鳥さん。
「はぁ、はぁ……今朝、わたしを心配してくれたのに、まだお礼言ってなかったから……ありがとう」
息を切らしながら、わたしは言った。
「え? いや、そんなの別に気にしないでいいよ。たいしたことしてないし」
軽く手を振って、大鳥さんは謙遜する。
「そんなことは……それより、先生はたぶん、わたしたちに圧をかけてきてるんだと思う……」
「圧? 確かに、今日はいい天気だけど……」
大鳥さんは空を見上げて、きょとんとした。
「いや、気圧の話じゃなくって……部活に入らなかったら内申に響くかもしれない、ってこと」
「内申……内申……べ、別に内申なんて、どうだっていいし……」
言葉ではそう言っているものの、大鳥さんが動揺しているのは、態度からして明らかだった。
この人、それをわかっていないで、先生に喧嘩を売っていたのか。
「大鳥さん、さっき、やりたいことが決まってるって言ってたよね?」
少し呆れつつ、わたしは大鳥さんに尋ねた。
「そうだけど……それが?」
「うちの学区だと、一年の時の成績も高校に送られるから……内申が悪くなると、やりたいことができる高校に行けなくなっちゃうかも……」
「あー、なるほど……確かに、それはあるかも……でも、うちの学校にはあたしの入りたい部活がないんだよねえ……いや、ホント……」
そう言って、大鳥さんは腕を組んで考え込み、
「ねえねえ、榎本さんはどうなの?」
しばらくして、不意にそう尋ねてきた。
「……え?」
「あんたもあたしとおんなじで、部活入ってないみたいだけど……何か、やりたいこととかないの?」
「ないことは、ないけど……」
「何々? 教えてよー!」
「さ、作家さん……とか」
グイグイ来る大鳥さんに、わたしはやや引き気味に答える。
「サッカ? あー、小説家のこと? 今朝も、歩きながら本読んでたし……」
「そ、そんな感じ、かな……? あ、でも、小説以外にも脚本とか漫画原作とか、そういうのにも興味はある……かも」
要するに、物語を考える職業全般に興味がある、って感じだ。
「脚本? 脚本にも興味あるの?」
目の色を変えて、尋ねてくる大鳥さん。
「う……うん」
「だったら、あたしと一緒に演劇やらない?」
「へ? え、演劇……?」
突然の提案に、わたしは首を傾げた。
発声練習や体力作りをしているにも関わらず、音楽系の部活に所属する気はないという発言から、大鳥さんが役者志望である可能性は一応、予想はしていたけれど、まさか自分が誘われることになるなんて。
「そ。劇には、台本が必要でしょ? ね? ね?」
わたしの手を握り、顔を近づけて迫ってくる大鳥さん。
「あ、あわわわ……」
急にそんなことを言われても、すぐには「はい」とも「いいえ」とも言えない。
ていうか、顔が近い。いい顔をして、息がかかる距離まで安直に近づいてこないでほしい。
おまけに手まで握られているせいで、脳が沸騰してしまいそうだ。
わたしのような陰キャは、ただでさえボディタッチに慣れていないというのに――
「一緒に、やりたいことやろうよ!」
大鳥さんのその言葉が、トドメになった。
「~っ……!」
顔を真っ赤にして、思わず、彼女の手を振りほどいてしまうわたし。
「あっ……ご、ごめんなさい!」
その直後、せっかく誘ってくれた大鳥さんに対し、失礼な行動を取ってしまったことに気が付いて、わたしは頭を下げ、脱兎の如く逃げ出した。
「あ、待ってよ、榎本さーん!」
大鳥さんの声を背中に受けながら、わたしは逃げる。
自分でも、驚くほどの逃げ足だった。
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