第6話 Re:同調圧力
放課後、帰りの
わたしが鞄を持って、席を立とうとした時のことだった。
「大鳥さん、榎本さん、話があるからちょっと残って」
担任の
「へ?」
銀縁の眼鏡をかけた、美人だけどやや厳しい印象を醸し出している女性教諭の言葉に、わたしは思わず間抜けな声が出てしまう。
今朝はたまたま、少しだけ話す機会があったものの、基本的に真逆で共通点なんて一切ないはずのわたしと大鳥さんが同時に呼び止められるなんて、いったい何の用事だろう。
「先生、何の用事ー?」
大鳥さんも同じ疑問を抱いたようで、松平先生にそう聞き返したものの、
「みんなの前で言うようなことじゃありません。少し待てばわかるから、それまで待ちなさい」
と、先生はピシャリと答えた。
「はーい」
どことなく、不満そうな声で答える大鳥さん。
彼女はどうやら、先生が相手でも物怖じせずに思ったことを口にしたり、感情をハッキリと顔に出したりする性格らしい。
豪胆というか、怖いもの知らずというか。
良くも悪くも、わたしには真似できない感じだ。
そんなことを考えていると、クラスメイトたちはあっという間にいなくなって、教室にはわたしたち三人だけが残された。
「さて――」
教卓の目の前にわたしたちを座らせて、話を切り出す松平先生。
「大鳥さん、榎本さん。あなたたちは部活に所属していませんね?」
「そーですけど、それが何か?」
先生の言葉に大鳥さんがあっさりと答える一方で、わたしはそれなりに衝撃を受けていた。
地味で目立たないわたしと、クラスの中心的人物である大鳥さんに、そんな共通点があったなんて。
意外に思うのと同時に、少しだけ親近感も覚える。
「今年の新一年生で……というか、この学校でどの部にも入っていないのは、あなたたち二人だけなのよ」
「で? だからなんなんですか?」
松平先生に対して、あからさまに反抗的な態度を取る大鳥さん。
「別に、うちの学校は部活強制ってわけじゃないんだけどね? でも……みんなやってることをあなたたち二人だけやらないのは良くないって……先生は思うの」
この時、わたしは先生の言いたいことがなんとなくわかった。
要するに、内申を下げられたくなければ部活に入れ、ってことだろう。
それならそうと、ハッキリ言ってくれればいいのに。
どうしてこう、遠回しでネチネチとした言い方をするのかな。
ああ、こういう同調圧力ってほんとに嫌……。
入学式の時、校長先生が多様性がどうだとか、生徒の自主性を尊重したいだとか、耳触りの良いことを言ってた気がするんだけど、あれはなんだったんだろう……。
「しょーがないでしょ、入りたい部活がないんだから」
などと、わたしが内心で苛立ちを感じていると、松平先生の真意をわかっているのかいないのか、大鳥さんがストレートな反論をした。
「みんな、入りたい部活がなくってもどこかの部に入ってるんだから、あなたたちも入るべきだって話なんだけど?」
「ふんだ。あたしはちゃんとやりたいことが決まってて、そのためになることやってるもん。別に帰って、遊んでばっかいるわけじゃありませんからー」
松平先生に言い返す大鳥さんの口調は、今にも「あっかんべー」と舌を出しそうなもので、わたしは他人事ながらハラハラしてしまう。
「どこかのクラブチームに所属したり、習い事をしたりしてるの?」
「そ、そういうわけじゃないけど……でも、発声練習とか体力作りとか、色々やってますから!」
「それじゃあ、部活の代わりとしては認められないわ。体力作りなら、陸上部か吹奏楽部あたりに――」
「うるっさいなあ……別にあたしは先生に認められたくって、色々やってるわけじゃないもん!」
バン! と勢いよく机を叩いて、そのまま教室から出ていってしまう大鳥さん。
正直、わたしには彼女のように強気な振る舞いはできない。
でも――その気持ちはよくわかる。
うちの中学は一学年二クラスしかない、小さな学校だ。近いうちに隣の中学と統合される、なんて噂もある。
だから当然、部活の選択肢も少ない。
文化部は軽音楽部か美術部の二択で、運動部の種類もグラウンドや体育館の使用権争いが起きない程度だけ。
こんな環境で部活に入ることを強要されたら、入りたい部がない人間は嫌になって当然だろう。やりたいことが決まっている人間なら、なおさらだ。
けど――将来やりたいことが決まっているんなら、内申が悪化するのは避けたほうがいいっていうのも、事実なんじゃないだろうか。
だって、入りたい部活があったり、学びたいことが学べたりする高校に、行けなくなっちゃうかもしれないんだから。
「……すみません、わたしも帰ります」
そう考えたわたしは、松平先生に断りを入れて、大鳥さんを追いかけることにした。
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