第5話 遠足の話し合い

 六時間目。


 わたしが所属する一年二組の教室では、遠足についての話し合いが班ごとに行われていた。


 行き先は鎌倉だ。この学校の最寄り駅からだと、だいたい一時間くらいの場所になる。


「ねえ、どこ行きたい?」


「やっぱ、大仏は外せねえべ。あと、銭洗ぜにあら弁天べんてんにも行きたいな。ウチの親ケチでさ、小遣い月三千円しかくれねえんだぜ?」


「僕は小町通こまちどおりを通って、鶴ケ岡八幡宮つるがおかはちまんぐうに行きたいな」


 わたしと同じ小学校の出身で、現在はバレー部に所属している女の子、原田さんが紙の観光マップを広げながら質問すると、同じ班の男子二人が答えた。


「ふむふむ……榎本さんは? やっぱり、文学館とか?」


 男子たちの希望箇所に赤ペンで丸をつけ、わたしに尋ねてくる原田さん。


「え、えっと……」


 わたしが目を泳がせながら、彼女のマップをチラ見すると、いつの間にか長谷寺はせでらが赤丸で囲まれていた。


 たぶん、そこが原田さんの行きたい場所なんだろう。

 

 大仏や長谷寺と、文学館は近い。限られた時間で回るには、都合のいい場所だ。


 でも――正直、わたしは明治の文豪の作品には、そんなに興味がない。


 よく本を読んでいるので、周囲から文学少女というイメージを持たれているわたしだけど、好んで読むのは児童文学、少女向け小説、ライトノベルなど、現代の娯楽性が高い小説だ。


 純文学は暗い話や胸糞が悪いバッドエンドの割合が高い上、いわゆる「真面目系クズ」的な主人公に感情移入できないことが多くって、どうにも好きになれない。


 それに、わたしは鎌倉なら、以前、お父さんに連れて行ってもらった、北鎌倉の建長寺けんちょうじ円覚寺えんがくじに行きたかった。


 八幡宮や大仏と違って人が少なく、自然も豊かなあの辺りで、俗世から切り離された、ゆったりとした時間の流れを感じたかった。


 けれど、十時半に鎌倉駅前で解散し、どこかで昼食を取った上で、十五時までに鎌倉駅前に戻らなくてはいけないことを考えると、八幡宮からは比較的近いものの、長谷方面からは遠く離れた北鎌倉を観光するのは難しいだろう。


 実際、わたしが前に建長寺の山頂まで登り、富士山を見て拝観口まで戻ってきた時は、それだけで一時間半もかかってしまった。


(わたしがみんなに合わせれば、それで丸く収まる……)


 北鎌倉にはまた今度、一人で行けばいい。


「わたしは別に、どこでもいいよ。特に行きたいところもないし……」


 そう考えて、わたしは原田さんの問いに答えた。

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