二章 三春と雪江

第14話 入部希望者

 翌日の放課後。


「演劇部ー、演劇部を作りませんかー? 役者志望じゃなくってもオッケーですよー」


 直接、部活帰りの生徒に話しかけてチラシを渡す度胸がないわたしは、プラカードを高く掲げて、圭夏ちゃんの隣に立っていた。


 がんばろうね、などと偉そうなことを言ってしまった手前、ただおどおどしているわけにはいかないと思ったものの、いきなり圭夏ちゃんのように明るく元気に大きな声で勧誘するのは流石に無理なので、自分にできることを考えた結果がこれである。


「照明とか、音響とか、演出とか、色々あって楽しいですよー」


 そんなわたしに、圭夏ちゃんは文句の一つも言わなかったどころか、「助かるよー」と感謝してくれたんだから、彼女に対してデリカシーがないと言い放った人は、いったいどれだけ徳が高いんだろうかと疑問に思う。


 本当にデリカシーがない人であれば、昨日の勧誘の時点で、「声が小さい。そんなんじゃ、犬にだって聞こえないわよ。あんた、ほんとにやる気あんの?」などと、パワハラじみたことを言ってきたはず――


「……ねえ。演劇部って、衣装を作ったりもできるのかしら?」


 わたしがそんなことを考えていると、チラシを受け取った一人の女子生徒が、立ち止まって圭夏ちゃんにそう尋ねた。


 ポニーテールにした黒髪と切れ長の目が特徴的な、いわゆるクールビューティー系で、雰囲気的にはわたしたちの担任、松平先生と少し似ている。大人びた感じからして、たぶん二年生か三年生だろう。


「もち!」


 右手でピースを作りながら、笑顔で答える圭夏ちゃん。


 相手が先輩だということに、気付いていないんだろうか。


 いや、松平先生ともいい加減な言葉遣いで話していたことを考えると、彼女は相手が先輩かどうかということ自体、そもそもあまり気にしていないのかもしれない。


 もしかして、圭夏ちゃんにデリカシーがないって言ったのは、年上の人だったんじゃ――


「……そう。それなら、少し活動の様子を見学してみたいんだけど」


「……すみません、それはまだ無理です。部員がまだ、この二人しかいなくって」


 そう考えながら、わたしは答える。


「部活として認められてない、ってこと?」


「うん。だから、入部してくれるとすっごく嬉しいんだけど……ダメ?」


 入部希望者の問いに、圭夏ちゃんは上目遣いで答えた。


「……ダメかどうかは、私が決めることじゃないわ」


「え?」


 揃って首を傾げる、わたしと圭夏ちゃん。


「私の作品を見て、あなたたちが決めることよ」


「そんな、オーディションみたいなことやんなくていいよ。演劇部は誰でも大歓迎――」


「ありがとう。でもね、それじゃ私の気が済まないの」


 圭夏ちゃんの言葉を遮って、入部希望者はきっぱりと言った。

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