第13話 二人の原点

 放課後、部活の終わる時間帯。


「演劇部ー、演劇部に入りませんかー?」


「よ、よろしく、お願い、します……」


 学校の正門にて、圭夏ちゃんが部活帰りの生徒たちに明るい笑顔で元気よくチラシを配る中、わたしはその隣でおどおどしていた。


「うーん、千秋は勧誘には向いてないかもね」


 全然チラシを受け取ってもらえないわたしを見て、圭夏ちゃんは苦笑する。


「ごめんね、圭夏ちゃん……わたし、人見知りで……」


「いいっていいって。あたしはこーいうの作るの苦手だし、お互い様だよ」


 と言いながら、チラシをひらひらさせる圭夏ちゃん。


「でも、このチラシだって、そんなに完成度が高いわけじゃないし……」


 一応、フリー素材を使う以外にも、文字の大きさやフォントを弄ったり、線で囲んでみたり、自分なりに色々と工夫はしているものの、お世辞にも出来がいいとは言えない。


「しょーがないよ。急いで作ったものだし。それに、千秋ってこういう……デザイン? レイアウト? が専門なわけじゃないでしょ?」


「そうだけど、でも……」


「それなのに、短い時間でこれだけのものが作れるんだから、じゅーぶん凄いよ。もっと自信持ちなって、ほら!」


 そう言って、圭夏ちゃんは平手でバシーン! と力強く、わたしの背中を叩く。


 褒めてくれたのは嬉しいんだけど、正直、少し痛かった。


×       ×       ×


 勧誘開始から数十分後。


「……ねえ、暗くなってきたし、そろそろ帰らない?」


「そーだね。もう誰も来そうにないし、帰ろっか」


 わたしの提案に圭夏ちゃんが同意して、わたしたちは足元に置いていた鞄を持って帰路に就いた。


「そーいえば、千秋はなんで作家になりたいと思うようになったの?」


 その道すがら、何気なく尋ねてくる圭夏ちゃん。


「わたし……昔から、漫画や小説を読んだり、アニメやドラマを見るのが好きで……それで小六の時、小説に対する気持ちを作文にしたら、コンクールで佳作をもらって、もしかしたら向いてるのかな、って……」


「コンクール、かあ……」


 どこか遠い目をして、圭夏ちゃんは呟いた。


「……圭夏ちゃん?」


 意外な反応に、わたしは少し驚く。


「ううん、なんでもないよ。それより、佳作なんてすごいじゃん」


「ありがと……小説ってさ、漫画みたいに手軽に読めるわけでも、アニメやドラマみたいに派手なアクションとか音楽を楽しめるわけでもないけど……でも、登場人物の気持ちがダイレクトに伝わってきて、すごく想像力が刺激されて……VRとかとは違う意味で、作品の世界の中にいるような気持ちになれるって、わたしは思うの」


 圭夏ちゃんに褒めてもらえたことが嬉しくって、わたしはいつになく饒舌になってしまう。先程感じたかすかな違和感も、完全に吹っ飛んでいた。


「それってつまり……視覚的にじゃなくって精神的に、ってこと?」


「うん、そんな感じ……かな」


「そっか……あたしはあんまり頭良くないから、目で見てわかりやすいほうが好きだけど……でも、面白い考え方だと思うな。佳作もらったのもわかるよ」


「そ、そうかな……えへへ、ありがと」


 頬の筋肉を弛緩しかんさせて、わたしは言った。


「ところで……圭夏ちゃんは、女優さんになりたいんだよね?」


「うん。そーだよ」


「それって何か、きっかけとかって……」


「あたしも、千秋と似たようなもんだよ。昔っから、ドラマとか映画とか舞台とか見るの、結構好きでさ……あ、あと、随分前の話だし、千秋みたいに賞とかもらったわけでもないんだけど……幼稚園の年長の時、劇の主役やって、結構楽しかったんだよね。それから……自分とは違う誰かになりきってみたい、っていうのもあるかな。ほら、今朝も言ったけど、あたしってデリカシーがないってよく言われるからさ。演技を通じて少しは克服できたらいいかな、って思うんだよね」


「そう……なんだ」


 この時、「圭夏ちゃんには悩みなんてないんだろうな」と考えていた昨日までの自分を、わたしは猛烈に恥ずかしく感じた。


 優雅に泳ぐ白鳥も、水面下では必死に足を動かしているように、きっと、どんな人間も何かしらの悩みや劣等感を抱えながら生きているんだろう。


「……でも、圭夏ちゃんにデリカシーがないとは、わたしは思わないけどなあ」


 けど、それはそれとして、圭夏ちゃんの言葉には若干の違和感を覚えたので、わたしは正直にその感情を口にした。


「え、そう? あたし、自分でも雑な性格してるなーって自覚はあるんだけど……」


「確かに、圭夏ちゃんは豪快というか、勢いで突っ走る感じの性格してるって、一緒に過ごしてて思ったけど……それは行動力があるって長所でもあるし、それに、わたしのいいところもたくさん見つけてくれたでしょ?」


「うーん、それってデリカシーがあるってことになるのかなあ? だって、千秋がいなかったら色々とうまくいかなかったのは、別にお世辞とかじゃなくって本当のことだし……」


「そうだとしても、本当にデリカシーがない人……人の気持ちを考えられない人は、誰かに感謝したり、他人ひとのことを褒めたりはできないんじゃないかな」


「そう……なのかな」


「うん。きっとそうだよ」


 不安げな圭夏ちゃんに、はっきりとわたしは頷く。


 少なくとも、教室で座って本を読むことすら否定してきた小五の時の担任の先生よりは、歩きながらの読書は危ないと言いつつも、本を読むという趣味自体は肯定してくれた圭夏ちゃんのほうが、よっぽどデリカシーがあるとわたしは思う。


「そっか……ありがと。なんか、少し楽になったかも」


「そんな……お礼を言わなきゃいけないのは、わたしのほうだよ。同級生からこんなに褒めてもらったこと、今までなかったもん」


「千秋……」


「圭夏ちゃん。明日も勧誘、がんばろうね」


「……うん!」


 嬉しそうな顔で、頷く圭夏ちゃん。


 この時、「千秋は勧誘苦手でしょ?」と突っ込まなかった彼女には、やっぱり、デリカシーはきちんと備わっている。


 改めて、わたしはそう感じた。

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