第12話 ランドセル

「……それにしても、圭夏ちゃんってすごいよね」


 わたしがそう切り出したのは、職員室へと向かう道すがら、新校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下でのことだった。


「え? どったの、いきなり」


 歩きながら、首を傾げる圭夏ちゃん。


「わたしはずっと前から、大人の言うことには黙って従うしかない、言い返したって何も変わらないって諦めてたのに……圭夏ちゃんは松平先生に刃向かって、顧問を引き受けさせちゃったんだもん。すごいよ」


「え? うーん……あたし、言うほど刃向かってたかなあ……? 向こうが部活やれって言うから、入りたい部がないんで作りますって返したわけだし、むしろ言いなりになってない?」


「……圭夏ちゃんとしては、部活をやること自体が大人の言いなりになってる、って考えだってこと?」


「そういうことになるのかなあ……? まあ、あたしはやりたいことさえやれれば、大人の言いなりだろうとそうじゃなかろうと構わないから、別にどっちでもいいんだけどね」


 何気ない口調で話す圭夏ちゃんだったが、わたしはそんな彼女の態度に、自分との決定的な差を感じずにはいられなかった。


 昨日の松平先生に対する態度を見てもわかる通り、大人の言うことでもおかしいと思ったら物申すのは圭夏ちゃんにとっては当たり前のことで、何か特別なことをしたという意識は彼女にはないのだ。


「……ていうか、あたしが演劇部を作ろうと思えたのだって、慶美ちゃんに顧問を押し付けようって発想が浮かんできたのだって、元を辿れば千秋のおかげじゃん」


 などと、わたしが一人で勝手に劣等感を覚えて落ち込んでいると、圭夏ちゃんが言った。


「……え? そ、そうだっけ……?」


「そうだよ! あたし、前から演劇部を作りたいとは思ってたけど、一人じゃ勇気出なかったもん。それに顧問の件だって、千秋に言われるまで忘れてたし……」


「そう……なんだ。なんだか、意外かも……」


「え? あたしって、そんな物覚えいいイメージある?」


「いや、そっちじゃなくって……圭夏ちゃんでも怖くて踏み出せないこととかあるんだな、って……」


 きょとんとする圭夏ちゃんに、わたしは補足する。


「そりゃ、あるよ。あたしだって、つい最近までランドセル背負しょって歩いてたんだから」


 すると、圭夏ちゃんはそう言って笑った。


「そっか……そうだよね」


 わたしは今まで、彼女のことを別世界の住人のように考えていたけれど、実際はそうじゃなくって、わたしと同じ普通の女の子なのかもしれない……。

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