一章 千秋と圭夏

第2話 喋る電柱

「いったぁ~!」


 登校中、本を読みながら歩いていたわたしは何かに激突し、思わず額を押さえ、その場にうずくまった。


 どうやら、小説の世界に没入しすぎたことが仇になったらしい。


 でも、もしぶつかった相手がイケメン転校生だったりすれば、怪我の功名と言えなくも――


 などと一瞬、ベタな少女漫画的展開を期待するわたしだったが、案の定、わたしがぶつかった相手はただの電柱だった。


 しかし、その直後――


「大丈夫? 榎本えのもとさん」


 あろうことか、その電柱はわたしに心配そうな声をかけてきたのだ。


「で、でで電柱が、喋った!?」


「……はぁ? 榎本さん、大丈夫?」


 先程とは明らかに違うニュアンスで、「大丈夫?」と尋ねてくる電柱――もとい、女の子の声。


「……あ、大鳥おおとりさん」


 わたしがその声のする方に向かって顔を上げると、そこにはクラスメイトの大鳥圭夏けいかさんが呆れ顔で立っていた。


 明るめの茶髪をベリーショートにした、活動的な印象の整った顔立ちをした女の子で、紺のブレザーがよく似合っている。


 目元が隠れるほど長い前髪をしたザ・陰キャのわたしとは、誰が見ても真逆の存在だって一目でわかる存在だ。


 実際、わたしがいつも通り、一人で本を読みながら登校していたのに対して、彼女は二人の友人と談笑しながら登校していたようだった。


(って、わたしは三人のクラスメイトがそばで話してたことにも気付かずに歩いてたのか……)


 恥ずかしい。ていうか危ない。ぶつかった相手が電柱じゃなくて車やバイクだったら、大惨事になっていたかもしれない。


「本好きなのはいいけど、歩きながら読んでたら危ないよ?」


 苦笑する大鳥さんの言葉からは、他意や悪気は感じられなかった。たぶん、純粋にわたしのことを心配してくれているんだろう。


 でも、他の二人は違った。


 彼女たちの笑い方からは、何か嫌なものを感じる。


 被害妄想かもしれないけれど、あの二人はわたしのことをバカにしてるんじゃないだろうか。


 まあ、嘲笑されても仕方がないような醜態を晒したのはわたしなんだから、自業自得かもしれないけど――


「そ、そうだね……気を付ける」


 嫌な気持ちをグッと堪えて、わたしは立ち上がった。


 その直後、額に鋭い痛みが走る。


「いたた……」


 再び額を手で押さえ、わたしはよろめく。


「ちょっと、ほんとに大丈夫? 保健室連れてこっか?」


「大丈夫、一人で行けるから……」


 心底、心配そうな表情をする大鳥さんの提案を断って、わたしは本を鞄にしまい、額の痛みと戦いながら、保健室を目指した。


 その途中で、わたしは大事なことを忘れていたのに気が付く。


 そう。


 大鳥さんはわたしを心配して、わざわざ立ち止まって声をかけてくれたのに、わたしはお礼も言わずに立ち去ってしまったということに。

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