元魔王様と異世界からの転移者 3

 奴隷解放をした一条美咲を連れてジル達は公爵家へと戻ってきた。

ダンジョン周辺の状況を公爵へ報告する為にリュシエルとは一旦分かれる。


「さて、始めるか。」


 ジルが無限倉庫から取り出したのはスキル収納本だ。

美咲との意思疎通を可能にする為にはスキルが必要である。

何をされるか分からず美咲が首を傾げている。


「一先ず会話が出来無ければ面倒だからな。勇者達が持っていたスキルと同じ物でいいだろう。」


 本をめくって目当てのスキルのページを開く。

スキルのストックも充分にあった。


「一条美咲に言語理解のスキルを譲渡する。」


 美咲とスキル収納本が光り、ページからスキルが一つ消費される。

万能鑑定で美咲を視ると無事にスキルを獲得していた。


「これで我の言葉が通じる様になったか?」


「えっ!?言葉が分かる!?」


 突然言葉が通じる事に美咲が驚愕している。

無事にスキルが発動している。


「そう言うスキルを与えたのだ。どうやら問題無さそうだな。」


「言葉が、言葉が通じる!うっうっ…、人と話せるのがこんなに嬉しいなんて…。」


 ずっと誰にも言葉が通じなかったので話せる様になったのが余程嬉しかったのか、美咲は暫し涙を流し続けていた。


「落ち着いたか?」


「す、すみませんでした。」


 待つ事数分、ジルの前で泣いてしまった美咲が恥ずかしそうに呟く。


「それで美咲はどう言う存在なんだ?勇者では無いのだろう?」


「勇者がどう言った存在かは知らないんですけど、多分違うと思います。」


 それから美咲は自分がどう言った近況を送ってきたのか教えてくれた。

この世界にやってきたのは数週間前くらいであり、そこからの苦労話しを語ってくれる。


「成る程、目覚めたら知らない世界の見知らぬ土地にいたと。かなり稀だが渡り人と言うやつか。」


「渡り人ですか?」


「何かのきっかけで世界を渡ってしまう不思議な現象だ。それに巻き込まれたのだろう。不慮の事故みたいなものだな。」


「そうなんですか。」


 不幸にも世界を渡る事故に巻き込まれてしまった。

渡り人は魔王時代にも一人見た事があるが、勇者と違って何も力を得られないままにこの世界にやってきてしまう。

滅多に無い事なので本当に運が悪いとしか言えない現象だ。


「元の世界は地球だろう?帰りたいか?」


「帰れるんですか!?」


 ジルの言葉に驚きながら尋ね返す美咲。

既にその選択肢は美咲の中から消えていた様だ。


「可能か不可能かで言えば可能だな。信じられない程の金が必要だが。」


 前世と違って今のジルにはそんな力は無いが異世界通販のスキルを使えば世界間の移動もなんとかなるだろう。


「…お金ですか。私は今まで言葉が通じなかったので稼ぐ事なんて出来ていません。一文無しです。」


「そうだろうな。だが我も無償でそんな大金を提供する事は出来無い。」


 ただでさえ高額な異世界通販のスキルなので世界間の移動なんて一体幾ら掛かるか分からない。


「それは当然ですよ!むしろ言葉が分かる様にしてもらえただけでも感謝しています!それに例え戻れるのだとしても、私はこちらの世界で生きてみたいと思っています。」


 美咲は元の世界に戻るよりもこちらの世界で生きる事を望んでいるらしい。


「その理由は何だ?」


「あちらの世界に未練は無いんです。家族もいない孤独な社会人ですから。」


 そう言って美咲が悲しそうに笑う。

戻っても良い事が無いのならば心機一転新しい世界で生きていこうと決めた様だ。


「それに受けた恩は返したい主義なんです。言葉を分かる力を授けてもらっただけで無く、奴隷であった私を購入してくれたんですから。」


 美咲には先程まで自分がどう言った立場だったのか教えた。

そうしたらとても感謝されたのだ。


「まさか慰み者にされる可能性がある立場にいたなんて思いもしませんでした。元いた世界には奴隷と言う制度はありませんでしたから。」


「あの奴隷商人ならばそう言った者には売らなかったとは思うがな。」


 今回のは美咲を保護する目的が大きい奴隷処置だった。

主人のいる奴隷を他者が好き勝手には出来無いので力が無い者でも守る事が出来る。

一時的に奴隷商人の所有物にはなってしまったが、盗賊や奴隷狩りを考えると結果的に良かっただろう。


「それでも好色のおじさんに買われる可能性があると言うだけでゾッとします。買われたのがジルさんで本当に良かったです。」


「偶然だったけどな。」


 万能鑑定を使用していなければ買うと言う発想にもならなかった。

本当に偶然の巡り合わせだ。


「その偶然に巡り会えた私の運に感謝ですね。それでジルさんへの恩返しになる様な事で私に出来る事はありませんか?」


「ふむ、恩返しか。」


 当然あるからこそ購入した。

だが正直言いにくい事だ。


「ジルさんは私に何かを見出したから購入してくれたんですよね?」


「まあ、そうだな。」


「それを教えて下さい。この世界での私の価値を知りたいんです。」


 美咲はジルに恩返しがしたい。

その気持ちがよく伝わってくる。


「分かった。だがこれを話したからと言って必ずそうならなくても構わない。美咲、よく考えて自分で未来を選べ。」


 そう前置きしてから美咲に話す事にする。

これは命を掛ける行為に等しいので強制するつもりは無いのだ。


「お前はダンジョンマスターになれる貴重な人族の様だ。」


 ジルが初めて美咲を万能鑑定で視て思わず呟いたのは、一条美咲がダンジョンマスターになれると分かったからだった。

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