元魔王様と公爵令嬢 8
黙って俯いていたリュシエルが顔を上げる。
どんな判断をするのかジルも見守っている。
「私には危険なスキルがあります。なので人の闇の部分に触れてくる事も多かった。」
「大まかにだが我も聞いている。」
「騙され、脅され、連れ去られ、その度に私は無力な自分が嫌でした。」
魔誘のスキルを求めて今まで数多くの犯罪者達に狙われてきた。
その度に周りの者達に守られてばかりの自分が嫌だった。
「その現状から抜け出そうと努力した事もあります。武器の扱いを学び、魔法の訓練もしました。ですが私に差し向けられる者達は一流の戦闘職ばかり。貴族の娘が付け焼き刃で習得した事なんて、その者達からすれば児戯に等しかった様です。」
相手もリュシエルを手に入れる為に全力だ。
少しでも強い者に依頼するのが当然であり、そんな犯罪者達に対抗出来る力は直ぐに身に付かなかった。
「だから私は誰にも迷惑を掛けたくなくて屋敷にこもる事にしました。強い護衛の騎士に守ってもらう事を選びました。」
自分で立ち向かう事を早々に諦めて、比較的安全な場所に身を潜める。
そして強い者達に守ってもらうのが最善なのだと、リュシエルは自分の生涯を屋敷で過ごす事を覚悟した。
「ですがこれではいつまでも私の周りが不幸になる。狙われ続ける私を守って疲弊していくだけです。私が変わらないと状況は好転しないのですよね?」
「そうかもな。」
この屋敷の者達ならリュシエルを責める事はしない。
共に命尽きるまで側で守ってくれるだろう。
しかしリュシエルはそれが嫌だった。
自分の為に犠牲になんてなってほしくない。
「私だって皆の様に普通に外を出歩きたい。普通の生活をしてみたい。」
そう呟くリュシエルの瞳からは確固たる意志が見られる。
「一歩踏み出してみようと思います。お父様やお母様が信じた貴方を信じられる様に。」
「そうか、ならばこれはもういらないな。」
ジルはリュシエルの言葉を受けて騎士達を覆っていた結界を解除する。
「お嬢様…お役に立てず申し訳ありませんでした。」
結界が解除されると同時に二人の騎士が跪いている。
「いいんですよ。規格外な方の様ですし。」
リュシエルが優しく声を掛けてやる。
ジルの力の一端を見たに過ぎないが普通の冒険者では無いと分かった様だ。
「では早速始めるか。表に出ろリュシエル。」
「早速始める事に関しては構いません。ですがその呼び方でいいんですか?」
「呼び方?」
「私はこれでも公爵家の令嬢ですよ?呼び捨てにするなんて悪目立ちすると思います。」
身分の違う平民が貴族を呼び捨てにする。
今まで他の貴族達には平然と行ってきたが、確かに周りの者達に驚かれる事が多かった。
それがスキルで有名なリュシエルなら尚更だろう。
ジルは面倒事を避ける為にあまり目立ちたくは無い。
「別の呼び方に変えろと言う事か。」
「お父様の事は公爵と呼んでいるのでしょう?肩書きでも構いません。」
リュシエルとしてはジルにならどんな呼ばれ方をされても気にならない。
公爵令嬢である自分にこんな事をしてきた相手なので呼び方なんて今更である。
「リュシエル様、リュシエルお嬢様、好きな方を選びなさい。」
「それが一般的ですね。」
「却下だ。何故我が小娘を様付けしなければならない?」
騎士達の提案を一蹴する。
身分の差があろうと他の人族と違って貴族に媚びへつらうのは嫌いなのだ。
「小娘って、大して年齢は変わらないではありませんか。」
中身は前世と合わせて相当な年齢となっているが、ジルの転生した人族の身体は若い。
リュシエルとは同い年くらいだ。
「身分の差もあります。貴方は平民の冒険者でしょう?」
「それでも我は王族にも貴族にも媚びた事は無い。だが悪目立ちすると言うのも分かる。王族並みに有名の様だからな。」
「嫌な有名のなりかたですけどね。」
望んで手に入れたものでは無いし、突っぱねてやりたいくらいだ。
これだけ有名になって手に入ったのは、常に犯罪者の目を気にして生きると言う不自由な暮らしくらいだ。
「ではお嬢と呼んでやるとしよう。我も目立つのは面倒だからな。文句は無いな?」
「呼ばれ慣れていないので違和感がありますが分かりました。では支度をして表に出ますからそろそろ降りて下さい。」
「分かった。」
もう引きこもらないと分かったのでジルは窓枠から降りる。
すると話しの成り行きが気になった公爵達が寄ってくる。
「ど、どうだった?」
「無事に成功だ。これから早速訓練を始める。」
「そうか、リュシエルの事宜しく頼む。」
「優しく教えてあげて下さいね。」
二人が深々と頭を下げてくる。
リュシエルが強くなる事を選んだ。
親としてはそれを応援するだけだ。
「先ずはどれくらい戦えるのか見極めるつもりだ。取り敢えず実力を見せてもらうところからだな。」
「ジル様が公爵令嬢を壊さないかだけがとても心配なのです。」
公爵達を不安にさせない様に自分にしか聞こえない声でシキが呟いた。
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