元魔王様と公爵令嬢 7

 その言葉を受けてリュシエルが驚いた表情をしながらこちらを見ている。

貴族である自分に対して予想外の返答だったのだろう。


「わ、私がただの令嬢だと思って侮っているのですか?本当に実行しますよ?」


「だからやりたければやってみろ。実際に不敬罪にされた事は無いからな。」


 何だかんだ王侯貴族と関わる機会が多かったが、不敬罪と言う言葉は聞いてもされた事は無い。

例えされたとしてもジルを罰せられる者も限られるだろう。


「…騎士よ、この無礼者を捕えなさい!」


 リュシエルが部屋の中に向けて言うと、扉が開かれて警備をしていた女騎士達が中に入ってくる。


「申し訳ありませんジル殿、我々はリュシエル様に仕える騎士です。主人の命令は絶対なのです。」


「公爵様の件は承知していますが、私達にとっての最優先事項はお嬢様の願いです。」


 そう言って二人の騎士達が腰から剣を抜く。

公爵に話しを通されていても、自分達が守るべき対象であるリュシエルが優先される。


「ふむ、騎士二人か。それで何とかなると思っているのか?」


 騎士達が剣を構えながら歩み寄ってくるが、ジルを捕えるには役不足としか言いようがない。


「侮らないでもらいたいですね。この二人は冒険者のAランク相当の実力者達です。無礼な冒険者一人捕らえるのには過剰なくらいです。」


「それは見解の相違だな。まあ、我の事を知らないのだから無理もない。」


 Aランク程度でどうにか出来るジルでは無い。

国家戦力のSランクにも認められている程の実力なので、最低限同格の者を用意しなければ相手にもならない。


 それを証明する様にジルが結界魔法を使用して騎士達を包む断絶結界を展開する。

公爵達ならジルの魔法を広める様な事はしないとの判断だ。


「こ、これは。」


「結界…。」


 騎士達は突然現れた結界に狼狽えている。

結界魔法を使える者はかなり珍しく、実際に相対する事は滅多に無い。


「これで騎士は無力化したぞ?」


「そ、そんな物破壊してしまいなさい!」


 リュシエルの指示に従って剣で攻撃を試みるが全てジルの結界に弾き返される。

魔装した攻撃であっても断絶結界に亀裂を入れるのは非常に難しい。

Aランクの中でも上位の実力が求められる。


「申し訳ありませんお嬢様、私達の実力では難しい様です。」


「ヒビ一つ入りませんでした。」


 数分試して一切結界に変化が無いので諦めた様だ。

こうなれば大人しく公爵の話しに従ってジルに任せてくれるだろう。


「と言う事だ。また他の者を呼んで我を捕えさせるか?」


「…何が目的なのですか?貴方は私に何をさせたいのですか?」


 リュシエルが少し怯えた様子で尋ねてくる。

自分の護衛達を圧倒する実力を持つジルが何をしたいのか分からない。

様々な考えが浮かび、最悪の展開も考えてしまう。


「公爵から依頼を受けていてな。娘であるリュシエルを鍛えてほしいと。」


「…お父様が?」


 予想外の言葉だったのか、呆気にとられた表情をしている。


「それを受けたから本人の意思を確認しようと思ったのだ。だが同じ屋敷で過ごしているのに避けられてばかりで接触する事が出来無なくてな。」


「それは…。」


 少し申し訳無さそうにしているが当然リュシエルの事情も分かっている。


「初対面の相手で警戒していたのだろう?そうしなければならない理由があるのだからな。」


「そ、そうです!私には呪われたスキルがあるのですから不用意に他人を信じる訳にはいきません!」


 ジルが悪意のある者であれば自分が接触する事で攫われてしまい、大きな被害に繋がる危険性がある。

信用している者以外は、どんな相手でも警戒する習慣が付いている。


「だが親は娘をいつまでもそんな状態にしておきたくないのだろう。現状を打破する為に多少は信用出来る我に頼ってきたのだ。」


「私は信用出来ていません。」


 同じ屋敷で数日過ごしていたが、会ったのは今が初めてだ。

いきなり信用するのは難しい。


「それはこれから過ごしていく内に変わるかもしれないぞ。それよりも先ずはリュシエルの気持ちを確認しておきたい。お前に強くなる意思はあるのか?ちなみに正直に答えるまでここから退かないからな。」


 窓枠に立った状態で宣言する。

ここで降りてしまえば、また部屋に閉じこもられて、突入するしか会う手段が無いなんて事になりかねない。


「…はぁ、強さは当然欲しいですよ。そんなの当たり前ではないですか。こんな呪われた力でも欲する者は多いのです。それに抗う力が私は欲しい。」


 そう言ってリュシエルがジルの目を真っ直ぐに見てくる。

その瞳からは確固たる意志が感じられる。

スキルに苦しめられている現状だが、それと付き合って人生を歩んでいけるだけの強さが欲しいと本気で思っている。


「ならば話しは早いな。我が訓練をしてやろう。」


 リュシエルにやる気があるのならば公爵の依頼は続行だ。

犯罪者を返り討ちにする強さを身に付けさせる為に訓練を付ける。


「それは無理ですね。訓練は屋外でするのでしょう?」


「当たり前だろう。屋敷の中で出来る訳が無い。」


 公爵家の屋敷が広いと言っても中で戦闘訓練なんてすれば中が滅茶苦茶になってしまう。


「私はいついかなる時もこの力が狙われているのですよ?それなのに自ら狙われやすい屋外に出るなんて領地を危険に晒しているのと変わりません。」


 犯罪者の目から隠れて少しでもリスクを減らす為に屋敷にこもっているのだ。

それなのに外で長時間活動してしまったら犯罪者達の絶好の獲物である。


「そんな心配は必要無い。我が守ってやるからお前は安全だ。」


 ジルがいる限りどんな犯罪者もリュシエルに危害を加える事は出来無い。

そう自信満々に宣言出来る実力は兼ね備えている。


「出会ったばかりの貴方を信じろと?」


「決めるのはお前だリュシエル。ここが人生の分岐点になるだろうからな。他人を信用するその一歩を踏み出すかどうかは自分で決めろ。」


 ジルの言葉にリュシエルは黙って俯いてしまった。

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