元魔王様と公爵令嬢 3

 ジルの言葉を受けて公爵が驚きつつも考えをまとめる様に悩んでいる。


「何を望む…、私が望むのは…。」


「残念だがスキルの除去については無理だと先に言っておく。それ以外でだ。」


 スキルを奪う手段は幾つかある。

ジルの持つスキル収納本やライムの変化吸収、スライーターが持っていた強奪等だ。

しかしこれらはどれも相手を殺してからでないと得られない。


 故にリュシエルの持つ魔誘のスキルを除去するとなれば、一度殺してスキルを奪ってから蘇生させるか、殺さずにスキルを奪う様な魔法道具を使用する事だ。

しかし蘇生に関しては前世はともかく今のジルには出来無いので魔法道具同様に異世界通販に頼る必要がある。


 前に何となく気になって蘇生関係の物を検索した事があったが、やはりどれも信じられないくらいに高額だった。

公爵家と言えども全財産を掻き集めても足りないだろう。


 そして手段はあるがジルが言う様に実行するつもりは無い。

リュシエルの魔誘は有名過ぎた。

それがある日突然無くなったと言って誰が信じるか。


 仮にそれが真実だと判明しても更に厄介な事が起きる。

他者のスキルを無くせる魔法道具が存在するなんて知れ渡れば、それを巡ってとんでもない争い事が起こる。


 当事者であるリュシエルが暮らすシャルルメルトにスキルを消した現物が無くても真実を聞き出そうとする者が大量に押し寄せてくるだろう。

スキルを無くしても不幸が続いてしまう可能性が高い。


 だからこそスキル収納本については仲間内以外にスキルを与えられる事は言っても奪える事は公表していない。

それだけこの世界では他人のスキルを消し去る事が滅多に起きない事なのだ。


「私は…、リュシエルに普通の子供の様に過ごしてもらいたい。笑って、出歩いて、学校に通って、友達と遊ぶ。そんな普通の子供に。」


 スキル一つのせいでリュシエルは普通の子供が経験する様な事が出来ず、苦しい思いをして過ごす羽目になった。

そんな現状を親であるリュウセン公爵は嘆いている。


「スキルを無効化する手段については、首輪以外もこれからも探し続けるつもりだ。だがそれではあの子の自由がいつまでもやってこない。」


 少しでもリュシエルの事を気遣って、見た目の悪い首輪から別の物にしたいとも考えている。

しかしそれを用意出来るのはまだまだ先となるだろう。


「…あの子を強くしてもらえないか?」


 悩んで出した公爵な結論はそれであった。


「強く?」


「あの子は恐れている。他者に利用されて自分が人間兵器になる事を。それはあの子に自衛手段が無いからだ。」


 悪意のある者に抗う手段がリュシエルには欠けている。

貴族令嬢と言う事もあり、今まではずっと守られてばかりだった。


「護衛の騎士がいるのですよ?」


「騎士であってもあの子を狙う者達から守り切れるかは分からない。過去にはSに狙われた事もあったからな。」


「Sランクか。」


 人種や魔物の中でも一番上のランクがSランクだ。

そこに分類されるのは人外の強さを持つ化け物ばかりである。

そんな者に狙われれば凄腕の騎士でも力不足だろう。


「そ、その時は無事だったのです?」


「多数の犠牲者を出した。だがリュシエルだけは守り切ったさ。それでも自分のせいで皆が犠牲になったとリュシエルは悲しんでいたがな。」


 Sランクから人を守り切ると言うのがどれだけ大変か。

ジルやラブリートの実力を考えれば想像は容易い。


「そんな者達が相手になる。ならばリュシエル自身にも自衛の手段がある事が望ましい。あの子に圧倒的な個の力があれば。」


「例え襲われても撃退出来るか。」


「ああ、少なくても今までの様に簡単にはいかないだろう。」


 ただ守られる事しか出来無い現状から、戦ったり逃げたりする事が出来る様になれば選択肢は大きく広がる。

もし誰にも負けない強さをリュシエルが手に入れられれば、それこそ襲われても問題無くなる。


「鍛えてやるのは構わない。だがそもそも本人にその意思があるかどうかだな。今のは公爵の感情でしかない。」


「そうだな、私がそうなってほしいと言う想いだ。」


 リュシエルに戦闘の意思があるか、そう言った犯罪者に立ち向かう気持ちがあるのか、これが重要だ。

スキルの感情の事を気にして立ち向かうと言う選択肢を取りたがらない可能性もある。


「でも公爵の想いは素晴らしいと思うのです。きっと他の人達も普通の子供と同じ様に過ごしてほしいと思っている筈なのです。」


 リュシエルの事を近くで見てきた者程そう言った気持ちは強いだろう。

これからもずっと屋敷にこもりきりとなる人生から解放してあげたい。


「優しいのだな。精霊とは初めて会話したが信仰したくなるのも納得だ。」


 シキの言葉に笑顔を浮かべる公爵。

リュシエルを気遣う気持ちに共感されて救われているのかもしれない。


「シキは心優しい精霊だからな。我の自慢の相棒だ。」


「照れるのです。」


 二人に褒められて恥ずかしそうにシキが頰を掻いていた。

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