元魔王様と温泉の町 4
温泉を堪能した後に散歩がてら女将に連れられて町を歩く。
そして一軒の着物屋に入る。
ここには温泉宿で気楽に過ごせる旅館浴衣と言う服が売られているらしい。
昔に召喚された異世界の勇者が人族の国に広めた服の一種らしく、温泉のある場所では大抵使われていると言う。
この町でも勇者の広めた服と言う事で親しまれている。
「姉さん、今大丈夫ですか?」
「ん?こんな時間に珍しいね。どうかした?」
着物屋には女将と瓜二つの女性がいた。
どうやら女将の姉妹の様だ。
「少しこの冒険者さんとの交渉に付き合ってもらいたくて。」
「交渉?」
「女将、どう言う事だ?」
温泉石を手に入れる良い案があると言っていたが、着物屋の店主と交渉しても手に入るとは思えない。
「連れてきた理由は姉さんに合わせる為です。」
「まあ、普通の女店主にしか見えないよね。これでも一応この町の町長をしているんだ。」
「町長が店で働いているのか?」
町の長として屋敷とまではいかなくても、そう言った建物で書類等を処理しているイメージがあった。
普通の店で他の者達と同じ様に働いているのは意外である。
「書類と睨めっこなんて貴族の真似事は性に合わないんだ。冒険者上がりなもんでね。」
「昔姉さんと冒険者をしていて、それなりの功績を上げて小さな土地をもらったんです。そこに村を作ったのが始まりで今ではここまで大きくなったんですよ。」
二人はこの町の立役者らしい。
一から作った村をここまで大きくするとは中々の手腕だ。
「温泉が出来てから一気に規模が大きくなってね。今じゃ村から町にまでなったのさ。」
温泉石の功績も大きそうだ。
この町にとって重要な温泉石を簡単に他に流したいとは思わないだろう。
「そんな町長に頼みがあってきた。」
「温泉石だろ?」
「よく分かったな?」
「私に交渉にくるのなんて大体温泉石の事だよ。それくらいしかこの町の特産は無いからね。」
ジル以外にも相当な数を相手をしてきたのだろう。
いつもの事だとでも言いたげな表情だ。
「だがそれ一本で成功しているんだろ?」
「まあね。妹と冒険者を辞めてから必死に頑張ってきたのが報われて、今じゃちょっとした小金持ちさ。」
「それでも働き手は全然足りていないので、好きで店主や女将の真似事をしているんです。」
冒険者を引退しても何かしていないと落ち着かないのだろう。
早めの余生を謳歌する気分で店に立っているらしい。
「それで温泉石の交渉だったね。妹が連れてきたって事はかなりの実力者って事だね?」
それが当然だとばかりに町長が尋ねてくる。
「我は別に戦っているところを見せてはいないぞ?」
「でも身体を見られたんだろう?」
「勝手に男湯に入ってきたからな。」
「良い身体でした。」
女将が思い出す様にうっとりとした表情で答える。
ジルは気にしないが他の人なら引いているかもしれない。
「って事ならそれ相応の実力があるって事だね。妹はそう言うスキルを持っているんだ。」
「成る程な。」
他者の強さを測るスキルなんて幾らでもある。
元魔王のジルとて全てのスキルを把握している訳では無いのでそう言われれば納得だ。
「それなら交渉をする価値はある。私達は自分達以上の実力者を一時的に雇いたいと思っていたからね。」
「面倒な理由なら我から断るぞ。」
「温泉石が欲しくないのかい?」
「面倒事は嫌いなんだ。温泉石の対価として求められるなら遠慮しておく。」
温泉石は欲しいとは思うが厄介な面倒事に巻き込まれてまで欲しいかと言われればそこまででは無い。
どうしても手に入れたければ金は掛かるが異世界通販のスキルでも似た様な物は買える筈だ。
「ふむふむ、珍しい冒険者だね。でもそこまで面倒な事でも無いから安心していいさ。」
「それは我が判断させてもらおう。」
「別にそれで構わないよ。君にやってもらいたいのは温泉石が採掘される鉱山の開拓だ。」
そう言って女将が町の近くにある山を指差す。
どうやらあの山から温泉石が発掘されている様だ。
「今まで鉱山を採掘して温泉石を入手していたのですが、硬い岩が至る所に出現してきて採掘する場所が減ってきているのです。」
「君にやってもらいたいのはその岩の破壊だ。その報酬として温泉石を譲ろう。」
元冒険者の自分達では破壊出来ず採掘の進行が滞っていた。
なのでそれを破壊出来るくらいの実力者を求めていたらしい。
「ふむ、確かにそれくらいなら面倒事でも無いな。受けさせてもらうとしよう。」
ジルは了承して町長からの依頼を受ける事にした。
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