元魔王様とエトワールの生誕祭 5

 王家主催の催し物で用意された料理はどれも満足がいく物ばかりであった。

まだ催しが始まって間も無いのだが、既に満足するまで食べてデザートのフルーツに取り掛かっているところだ。


「瑞々しいフルーツはやはり美味いな。」


「よくそんなに食べられますね。」


 その細い身体のどこにそれだけの食べ物が入るのかと言う疑問と危険人物が周りにいるのにと言う呆れの二つの意味にとらえられる言葉をキュールネが言う。


「食べながら警戒もしているから問題無い。それより食べてばかりで喉が渇いたな。」


「では果実水でも貰ってきます。私も少し緊張しているのか喉が渇いていますから。」


「悪いな。」


 キュールネが二人分の飲み物を取りに向かった。

他のデザートでも摘んで待っていようかと思っていると、こちらに近付いてくる人物がいるのに気付く。


「貴様貴様貴様貴様!」


 その人物が近付くに連れて声が大きくなっていく。

その者はしっかりとジルの方を指差しており、だらしない腹の肉を揺らしながら向かってくる。


「貴様、あの時の事忘れたとは言わさないぞ!」


 そう言い放った太った貴族の男がこちらを睨む。

人違いかと周りや後ろをキョロキョロと見回してみる。


「お前だ!」


 どうやら人違いでは無くジルが目的の人物で合っていたらしい。


「誰だお前?」


「なっ!?僕を忘れたと言うのか!それに貴族の僕に対してお前だと!平民風情がふざけた言葉遣いを!」


 ジルの言葉が癇に障り更に男の機嫌を損ねる。

さすがに大声でこんな騒ぎを起こせば、周りは何事かと遠巻きに注目している。


「ジル様、一体何をしているのですか?」


「分からん。」


 飲み物を取って戻ってきたキュールネが小声で話し掛けてくる。

そう言われてもいきなり貴族側が一方的に騒ぎ立てているだけなのでジルもよく分からない。

取り敢えずキュールネから飲み物を受け取って口を付ける。


「僕が怒っているのに飲み物なんて飲むんじゃない!」

「…。」


 ジルの行動が癇に障って更に騒ぎ立てる。

さすがにこの状況でそんな行動をするとキュールネも思わなかったので、これ以上相手を怒らせない為にジルの手から飲み物を回収する。


「おのれ、ふざけた真似を!それに僕に対する不敬の数々、忘れたとは言わせないぞ!」


「ジル様、お相手はデブリッジ侯爵の嫡男です。本当に何も覚えが無いのですか?」


「だから何も…ん?デブリッジ?どこかで聞いた事がある様な。」


 キュールネが小声で尋ねてきた言葉に聞き覚えがある気がした。

しかしどこで聞いたのかまでは思い出せない。

あまり自分にとって重要な事では無いのだろう。


「やれやれ、殿下の生誕祭で騒ぐお馬鹿さんがいるから見にきてみれば。全く、君は揉め事の中心にいないと気が済まないのかな?」


 トゥーリが太った貴族を見て呆れ、ジルの事を見て深く溜め息を吐いている。


「トゥーリ、そいつが僕にした不敬の数々忘れたとは言わさないぞ!」


「当の本人はばっちり忘れているみたいだけどね。ジル君、前にバイセルの街のオークションに参加した時に貴族と揉め事があっただろう?」


「あー、あの時の我儘貴族か。」


 トゥーリに教えられてやっとこの貴族が誰なのか分かった。

奴隷となったナキナをオークションで落札した街で宿に泊まる時に多少のいざこざがあった貴族である。

北方に領地があるデブリッジ侯爵家の若様だ。


「貴様、僕を前にしてよくもそんな事を言えるな!不敬罪だ、処刑してやる!」


 処刑と言う言葉に周りの者達がざわざわし始める。


「殿下の生誕祭のパーティーでそんな物騒な事を言うものじゃないよポージャ殿。」


 ポージャと言うのがこの若様の名前の様だ。


「黙れトゥーリ、領民の躾がなっていないのがよく分かるな!あの件はお前が僕の嫁になれば水に流してやろうと考えてたがそれも辞めだ!」


 ジルがトレンフルから戻った際に話した手紙の件だろう。

責任を取って嫁に来いとトゥーリに話しがいったのをジルも聞いている。


「誰が誰の嫁になるだって?悪いけど君みたいな貴族に嫁ぐつもりは毛頭無いよ。妄想なら一人でしてくれ。」


 先程も言っていたがトゥーリは自由恋愛に憧れているのだ。

誰かに命令されて嫁いだり、政略結婚なんてのも御免である。


 そもそもこんな歳上のだらしない体型をした我儘な子供の様な男に嫁ぐなんて想像もしたくない。

明らかに見た目的にアウト寄りの年齢差である。


「くっ!領民だけで無く領主まで立場が分かっていない様だな!田舎伯爵家が防衛の要とも言われる武力の揃う侯爵家うちにそんな口を聞いてただで済むと思ってるのか?」


 隣国との国境に領地を構えているだけあってデブリッジ領は武闘派が多いと聞く。

領地同士の争い事になってもいいのかと脅してきている。


 しかしトゥーリからすると逆にいいのかと尋ねたい気持ちだ。

こちらの領にはジャミール王国の国家戦力と呼ばれるラブリートと、それに並ぶ実力を持つジルがいる。

二人だけでも国と戦争出来る程の強さを持っているのだ。


「ただで済むか、ね。それは今後の立ち回り次第と言ったところかな?私では無く、君のね。」


「何を騒いでおる。」


 トゥーリが邪悪な笑みを浮かべてそう言うと、タイミング良くその声の持ち主がやってくる。

頭に王冠を乗せたこの場の最高権力者、ジャミール王国の現国王であるクロワール・ネクト・ジャミールその人であった。

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