元魔王様もエトワールの生誕祭 4

 トゥーリから許しが出たので早速料理が乗ったテーブルに向かう。

見た事の無い豪勢な料理ばかりが並んでおり、非常にお腹が空く匂いを漂わせている。


「何から食べるか迷うな。」


「ではお勧めをお取りしましょうか?」


 そう声を掛けてきたのは後ろから付いてきていたキュールネだ。

その手には大きな取り皿とトングを持って準備万端である。


「キュールネ、主人の近くにいなくていいのか?」


 一応キュールネはトゥーリの世話係として付いてきた筈だ。

しかし主人を放っておいてジルの世話をしようとしている。


「あちらにはラブリート様がいらっしゃいますから護衛は不要です。」


「護衛と言うか世話係として付いてきたんじゃないのか?」


「トゥーリ様はそう言った事をあまり他人に任せず自分で何でもやられてしまうのでお世話のしがいが無いのです。」


 何でも自分で出来るお嬢様は料理も自分で勝手に取って食べるらしい。

そう言う貴族は珍しいが周りにも一定数はいるのでトゥーリも同じなのだろうと思ったが、これは建前であり監視が目的である。


「そうか、ならばお勧めを貰おうか。大盛りでな。」


「お任せ下さい。」


 キュールネが用意されている料理を見栄え良く次々に大皿へと盛り付けていく。


「どうぞ。」


「悪いな。どれも美味そうだ。」


 大皿を受け取って早速料理を楽しむ。

かなり美味しかったので主に食べる事に集中していたが、途中で側で黙って控えていたキュールネが目に入る。


「キュールネは食べないのか?」


「私は世話係ですからお気になさらないで下さい。」


 会場にいる者は護衛や世話係であっても主人から許可を得て食事を行なっている。

それなのにキュールネは豪勢で美味しい食事を前に遠慮する。


「トゥーリの事が心配なんだろう?」


「…何の事でしょう?」


「誤魔化すな。視線が何度もトゥーリの方を向いているのは気付いている。」


「良く観察なさっているのですね。」


 誤魔化しても無駄だと思って素直に答える。

ジルは食事だけを楽しんでいる様に見えて周りにも目を配っていたのだ。


「我も一応護衛だからな。周りの状況把握くらいはしている。だからお前も少しは食べておけ。万が一の時に空腹で力が出せないかもしれないぞ?」


「ですがそうしている間に何かあっては。」


 ジルの言っている事も理解出来るが目を離した瞬間に何か起こってトゥーリに危険が及んでは元も子もない。


「やれやれ真面目な奴だな。ならば見る場所を少し狭めてやるか。」


「どう言う事でしょうか?」


「我から少し離れて正面にいる給仕のメイド、右後方に固まっている護衛の騎士三名、真後ろで食事をしている偉そうな貴族の男、取り敢えず怪しいのはこの五人だ。」


 ジルが食事をしながらそれぞれに少し視線を向けてキュールネに教える。

これは軽く会場を見渡して気になった者達だ。

ちなみに万能鑑定のスキルも使っている。


「随分と具体的ですね。理由を伺っても宜しいですか?」


「メイドは正気では無く、何者かに魅了されている状態だ。そして騎士の三名は武器の類いを所持してはいないが、指に嵌めている指輪が魔法道具だな。おそらく中級魔法が瞬時に使えるタイプの物だ。そして貴族の男から先程一瞬だけ殺意を感じた。誰に向けていたかまでは分からないけどな。」


「なっ!?」


 キュールネはそれを聞いて思わず大きな声が出てしまったが自分で自分の口を両手で塞ぐ。

幸い会場は人が多くて会話で賑わっているので特に注目される事は無かった。


「一大事ではないですか?」


「まだ何も起こってはいない。」


 小声でキュールネが尋ねてくるが、ジルは静観しつつ食事をしている。


「ですが全員危険過ぎます。」


「騎士は護衛の力として武器の代わりに魔法道具を身に付けているだけかもしれないぞ?」


「それでもメイドと貴族は危険です。死者が出てからでは遅いのですよ?」


 この場で正気を失っていたり殺意を持っていたりしているのは明らかに厄介事の気配がする。

放置していては百害あって一利無しだ。


「メイドはともかく貴族の方はラブリートも分かっている筈だ。我もラブリートも瞬時に気絶させるくらいは出来るから、適度に気にしておくくらいでいい。これで見る範囲が縮まって食事に集中出来るだろう?」


「明確な脅威が分かっているのに食事なんてしていられませんよ。より一層注意深く観察する必要があります。」


「やれやれ真面目な奴だな。」


 今度はキュールネに教えてあげたメイドや貴族の事を気にし始めたので、ジルは諦めて豪勢な料理を楽しむ事にした。

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