元魔王様と強制睡眠 3

 街を出て暫く馬車を走らせているとセダンの街が見えなくなってきた。


「セダンから遠出するなんて久しぶりだよ。こんな機会でも無いと滅多に出られないからね。」


 トゥーリが少し嬉しそうに言う。

自分の統治するセダン伯爵領は勿論好きだが、生まれてから殆ど自分の領地で過ごしているので、たまには他の場所にも行ってみたい。


「そうなのか?」


「セダン伯爵家は私だけだからね。領主として長い間領地を離れる訳にもいかなかったのさ。」


 貴族として自分の領地を治める責務がある。

トゥーリは若くして当主なのでその責任があるので中々自分の領を離れる事が出来無い。


「トゥーリちゃんに何かあったら一大事だもの、仕方無いわよ。」


「でも今回は心配していないよ。君達の実力は国単位で見てもトップクラスなんだからね。別の心配事は尽きないけど。」


 護衛と言う面では国家戦力級の冒険者が二人もいるのでこれ以上に無いくらい安心出来る。

しかし二人を上手く制御出来るかは分からないので少し不安であった。


「そう言えばジルちゃんの契約している精霊、シキちゃんだったかしら?今回は一緒じゃないのね。」


「ギガントモスの解体が途中だからな。何かあった時の為に頼んできたのだ。」


 ジルと真契約を結んでいるシキならば無限倉庫のスキルも使えるので、後を任せてきても問題無い。

解体が終われば収納したり売却したりと勝手にやってくれるだろう。


「それで一緒に来たのはこの子だけって事だね?」


「クォン。」


 ジルの膝の上でホッコが返事をする様に鳴く。


「ディバースフォクス、ジル君にテイマーの素質があったなんてね。」


「力で屈服させたのかもしれないわよ?それでも従魔として見るのは初めてだけど。」


 トゥーリとラブリートが大人しく座っているホッコの事を興味深そうに観察している。

珍しい魔物なので近くで安全に観察出来る機会なんて滅多に無い。


「これから暫く一緒に旅をするから、ホッコも挨拶しておけ。」


「クォン。」


 ホッコは姿勢を正してペコリと頭を下げる。

賢い魔物なのでジルや他の者達が言っている事も全て理解している。


「あらあら、可愛いだけじゃ無くて賢い子ね。私はラブリートよ、宜しくね。」


 ラブリートが手を差し出すとホッコが少し緊張しながらも前足を出して握手をしている。

ラブリートの実力をある程度見抜いて逆らってはいけない事を理解している様だ。


「可愛い従魔か、羨ましいね。それにジル君は従魔だけで無く精霊とも契約しているし本当に羨ましいよ。」


 ホッコに羨ましそうな視線を向けながらトゥーリが呟く。


「トゥーリも契約すればいいじゃないか?」


「そう簡単に出来る訳無いだろう?精霊なんてお目に掛かる事自体滅多に無いし、従魔に関しては。」


 トゥーリがチラリと横に座るキュールネに視線を向ける。


「トゥーリ様に危ない事はさせられません。」


「って事さ。何度かお願いした事はあるけど受け入れてはもらえなかったよ。」


 キュールネの言葉に残念そうに溜め息を吐く。

従魔が欲しくても万が一の危険を考えると貴族の当主に危ない事はさせられない。


「テイムは危険も付き纏うし従者が心配するのは当然の事よね。」


「少し心配性な気もするがそんなものか。」


「トゥーリちゃんはセダン伯爵家唯一の当主なのよ?危険はなるべく排除したいと思うのは従者なら当然の事よ。」


 もしトゥーリが命を落としてしまったりすれば、セダン伯爵家は潰えてしまう。

民に寄り添ってくれる良き領主としてトゥーリは人気があるので、新しく派遣されてくる別の貴族なんて領民は望んではいないだろう。


「ふむ、ならばこの旅の間くらいは堪能させてやるからそれで我慢するんだな。」


「クォン。」


 ジルの言葉の意図を汲んでホッコがジャンプする。

着地したのはトゥーリの膝の上だ。

その場で丸くなって小さく欠伸をしている。


「っ!?か、可愛い!この可愛さは反則級だよ!」


 ホッコの仕草にトゥーリのテンションが高まっている。

大人びていてもまだまだ年齢通りの子供なのだ。


「デレデレしているトゥーリは珍しいな。」


「幼いながらに領主として責務を全うしようと日々頑張っているのよ。旅の最中くらい忘れさせてあげましょ。」


 二人の視線に気付かないくらいにホッコを撫でてご満悦な様子だ。

ホッコも撫でられて気持ちよさそうにしているので喜んでくれたのなら何よりだ。


「トゥーリ様のこんな表情を引き出してしまうとは…。ホッコ様、素晴らしいお方です。役得過ぎます。」


 キュールネが滅多に見られない主人の年齢相応のあどけなさに一人で感動していたが、それは誰の耳にも届かないくらい静かな呟きだった。

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