元魔王様と帰還を待っていた者達 10.5

 魔の森の奥深く、高ランクの魔物が蔓延るエリアを目深にフードを被る怪しい女性が歩いていた。

直ぐ近くを巨大な虎の様な魔物が通過するが、その者に気付く様子は無くすれ違う。


 暫く歩くと森の中に明らかに人工物と思われる石造りの建物が見えてくる。

小さな作りだが地上に見えている部分は飾りであり、本命は地下である。


 地下へと続く隠し階段を降りていくと、怪しげな施設が広がっている。

その空間で白衣を身に纏った一人の男が満足そうに資料に目を通していた。


「博士、様子を見にきたわ。」


 女性が白衣の男に気軽に話し掛ける。


「おう、お前さんか。随分と久しぶりだな。」


「それはそうよ、こんな怖い場所に度々近付きたくはないもの。」


 ここは高ランクの魔物が大量に棲息する危険区域なのである。


「魔除けの魔法道具は渡してあるだろ?」


「それがあっても怖いものは怖いのよ。Aランククラスの魔物が平然と彷徨く場所なんだから。」


 対策に魔法道具を貰ってはいるがそれでも怖いものは怖いのだ。

突然何かの原因でそれが効果を発揮しなくなれば、自分は魔物達の餌となってしまうのである。


「実力はあるのにとんだ臆病者だな。まあいい、研究の成果を見せてやろう。」


 白衣の男が自信満々の表情で紙の束を渡す。

紙には難しい内容が延々と書き連ねられており、一般人には理解出来無い図が並んでいる。


「小難しい資料はいいわ。口頭で簡潔に説明してちょうだい。」


 女性は読んでも分からないと早々諦めても紙を置く。


「…人の成果を簡潔に纏めようとするとは無礼な奴だ。」


 その様子に白衣の男は明らかに不機嫌になる。

この紙に纏めるのにどれだけの時間が掛かったか分からない。


「こっちだって忙しいんだから仕方無いでしょ?」


「はぁ~、分かっている。研究なら成功しているとも。」


「さっすが博士ね。意図的なスタンピードを生み出しちゃうなんて。」


 研究が上手くいっている事を知れて女性は嬉しそうだ。

女性にとってはその結果だけが重要なのである。


「膨大な量の魔力や素材が必要となる事を忘れるなよ?費用が無ければ到底実現は不可能だ。」


 簡単に引き起こせると思われても困る。

時間と労力が必要な事には違いない。


「その費用は上が出してくれたんでしょ?」


「失敗は許されないと言う条件付きでだがな。まあ、相当な戦力となるから何も問題は無いだろう。」


「本当に?」


 女性は心配事があるのか少しだけ不安そうに尋ねる。


「Sランクの魔物だっているんだぞ?疑うところがあるか?」


「そのSランクが三匹くらい倒されたって聞いたけど?」


 既にスタンピードに運用される高ランクの魔物の一部を投下しているが、全て冒険者の手によって倒されている。

中々冒険者達も侮れない。


「あれは同じSランクと言う括りの中でも弱い部類だ。それに数も用意してあるから問題無い。」


「それならいいんだけどね。」


「まだ心配事か?」


 女性の表情が物語っている。

魔物の最高ランク帯が複数控えていると言っても安心し切ってはいない様だ。


「狙う街がセダンの街だからね。」


「Sランク冒険者を警戒しているのか?」


 セダンの街にラブリートが常駐しているのは有名な話しだ。

同じ国に住む者なら多くの者が知っているだろう。


「それもあるわね。闘姫ってかなりパワータイプだから。でももっと気になっているのはイレギュラーの方ね。」


 女性としてはラブリートよりもこちらの方が気になっていた。


「あー、いけ好かない暗殺者が報告に上げてた冒険者か。」


「それよ、彼って実力だけは確かだからね。その彼が危険だと判断したのは相当だわ。」


 性格や人柄は仲間からも言われたい放題のその人物だが、その実力だけは疑うところは一つも無い。


「お得意の陣形魔法まで使ったらしいな。」


「ええ、それでも直ぐに破られたらしいわよ。そんな化け物がいる場所で作戦をするなんて正気とは思えないわね。」


 実力者で頼りになると知っているからこそ、その者が苦戦したイレギュラーは自ずと警戒してしまう。


「そんな事を言われても膨大な魔力に満ちる場所でなければスタンピードは起こせんのだから仕方無いだろう。だが用意した魔物達であればイレギュラー諸共葬ってくれるだろう。」


 イレギュラーを直接目にした訳では無いがそれ程自分の戦力に自信がある。

高ランクの魔物も大量に用意してあるので、Sランク冒険者であっても簡単には殲滅出来無いだろう。


「そう、博士がそこまで言うなら期待しておくわね。私は報告に戻るから成功を祈っておくわ。」


 スタンピードについての進捗を聞けただけでも満足出来たので、女性は白衣の男に後を任せてその場から消えた。

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