元魔王様と前世の配下 8

 暫くレイアとテスラが涙を流し、止まるのをジルは静かに待った。


「ジークルード様、申し訳ありません。お見苦しいところを見せてしまいました。」


 レイアが泣き止んで頭を下げる。


「また会えた嬉しさで涙が止まらなかったです。歳も関係しているかもしれませんが。」


 テスラは微笑みながら言う。


「お前達からすれば色々と言いたい事があるのだろうが、その前に我から一ついいか?」


「一つと言わず幾らでもどうぞ。」


 レイアが間髪入れずに言う。

自分達なんてジルの二の次で充分だと言いたそうな様子だ。

テスラもこくこくと頷いている。


「そうか、ならばその見た目はどうした?」


 ジルが二人の名前を知ってから一番疑問に思っていた事だ。

生前側近となっていた頃の二人とは似ても似付かない。

だからこそシキも全く気付いていなかった。


 二人は魔族でありレイアはヴァンパイア種、テスラはサキュバス種である。

どちらも魔族の中では美しい見た目をしている種であり、二人はその中でも突出して綺麗であった。

そしてそれぞれの種族が美貌を保つ能力を備えている。


 ヴァンパイアは血、サキュバスは精を得る事によって自身の力に変える。

それは食事、戦闘能力への変換、若さの維持等の意味を持ち、二人が歳を重ねても常に美しかった理由でもある。

なのでこの様な老婆の姿は一度として見た事が無かった。


「お恥ずかしい限りです。この様な醜い姿でジークルード様のお目汚しをしてしまうなんて。」


 レイアは自身の姿を恥じる様に言う。

ジルと会うと分かっていれば常に美しい自分を見せていたかった。

老婆の姿なんて見せたくは無かっただろう。


「今この姿になっているのは、二人共血も精も得ていないからですね。」


「得ていない?何故だ?」


 二人にとってのそれは生きていくうえでなくてはならないものだ。

人族にとっての食事と同じ行為である。


「生きる意味を見失ったからですよ。私達の生きる意味はジークルード様だったのですから。」


「我が生きる意味。」


 自分を真っ直ぐに見てテスラが言ってくる。

慕われていたのは分かっていたがそこまで想われているとは思わなかった。


「そうです。ジークルード様に仕えていたあの頃が私達にとって一番の生き甲斐でした。だからこそジークルード様がお亡くなりになられた時から、私達の心にはぽっかりと穴が空いてしまった様でした。」


「ジークルード様のいなくなった世界に未練はありません。生きていても退屈な日々であれば、私達は緩やかな死を選ぶ事にしたのです。」


 二人は元魔王ジークルード・フィーデンの死を知った時に絶望した。

そして全てがどうでもよくなってしまったのだ。

二人の生きる意味が消えてしまった事で二人の生きる理由は無くなった。


 このまま生きていても死んでいるのと変わらない。

であれば二人にとって生きる為に必要であった食事も不要となり、緩やかな死を選ぶ事にしたのだ。

かつての魔王が退屈な日々から抜け出そうとして死んだ様に。


「成る程、我がお前達を殺すところだったんだな。」


「ジークルード様のせいではありません。私達が自分で決めて実行した事ですから。それに死して同じ場所に行けるのも良いと思いましたので。」


 これはレイアの本心からの言葉である。

ジルの事を恨む様な気持ちは一切無い。


「でも転生して生きているなんて予想外過ぎました。我々旧魔王軍の中では既にジークルード様は亡くなられたと周知されていましたから。」


「淡い希望に縋る者も沢山いましたが、そうした分だけ辛い思いをします。なので私達は気持ちを切り替えて死を選んだ訳ですが、そのせいで気付くのが遅れてしまいました。」


 100年以上も前の話しではあるが側近として仕えていたのに気付くのが遅れて恥じている様だ。

お互い見た目が全く違っていたので仕方が無い事ではある。


「死を望んでいましたが、ジークルード様が転生されて人族として生きているのなら、もう少し生きてみるのもいいかもしれませんね。」


「そうしてくれると我も有り難いな。このままではお前達を殺した様に感じて今世を謳歌出来無い。」


 二人とは元魔王だった頃に一番付き合いが長かった。

そんな側近の二人が自分のせいで死んでしまうのは避けたい。


「生きろと命じられればそう致しますよ?」


「いや、もう我は魔王では無い。お前達を縛る鎖にはなれない。」


 実際に命令すればこの二人は指示に従ってくれるだろう。

しかし今のジルは人族である。

元魔王ジークルード・フィーデンは死んだので、二人を従わせる様な力はもう自分には無いと思っている。


「だからこれは我の我儘だ。お前達にも幸せになってもらいたい。」


 二人がこのまま死にたいと言えば、ジルに止める方法は無い。

それでも二人には生きて幸せな思いをしてほしい。

それがかつて共に過ごしてきた元魔王としての気持ちだ。


「そうですか、では私も我儘を宜しいでしょうか?」


 レイアが小さく手を上げて言う。


「我に叶えられる事ならば出来る限り叶えよう。お前達にはその権利がある。」


「感謝致します。それではまたお仕えする事をお許し頂けないでしょうか?」


 レイアは真剣な表情でジルに向けてそう言った。

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