元魔王様と前世の配下 7

 驚いた声を上げたシキはくるりとジルの方を振り返る。


「ジル様、大変なのです!視てみるのです!」


 シキが興奮した様に言ってくる。

精霊眼で二人の魔力を視た事で前にジルを視た時の様に誰なのか分かった様だ。


 そしてジルもこの二人に対して万能鑑定を使ってみろと言いたいのだろう。

言われた通りに万能鑑定を使用してみる。


「…。」


 ジルは中々に衝撃的な事に言葉を失った。

それは二人の名前である。

なんとその名前には聞き覚えがあった。

いや、聞き覚えどころでは無い、前世の側近の名前と同じだったのだ。


「人族がそんなに驚くとは私達もまだまだ有名みたいだねえ。」


 魔族の中でもかつては高い地位にいたので、その名が敵である人族にも知れ渡っていると勘違いしている様だ。


「レイアにテスラなのです!」


「思い出してくれた様だねえ。」


「何十年振りかねえ。」


 シキの言葉に老婆達が嬉しそうに言う。

この老婆達がジルの知っている人物なのであれば、魔王時代にシキと契約していたので知り合いなのも当然だ。


「ところでシキ、なんで人族に鑑定のスキルを使わせたんだい?」


「そもそも何故人族と真契約をしているんだい?変わった面白い人族だとは思うけれど、お前の主人はあのお方だけだったろう?」


 老婆達が不思議そうに尋ねてくる。

ジルが元魔王だと老婆達は気付いていないのだ。


「ジル様、言ってもいいです?」


 シキが一応確認してくる。

前世の話題は人族に転生した今はあまり話広めない様にしている。

それをシキも分かっているからだ。


「この二人ならば構わない。ホッコとライムも他言無用だぞ?」


 ジルの言葉に二匹は了承する様に頷いたり揺れたりしている。

今からシキが話すのは従魔達も知らない情報だ。


「一体何の話しだい?」


「二人共落ち着いて聞くのです。ジル様は普通の人族では無いのです。」


「普通の人族では無い?」


 老婆達はジルに視線を向ける。

見た目はどこにでもいる人族にしか見えないので二人は首を傾げている。


「二人もよく知る人物なのです。元魔王ジークルード・フィーデン様の転生体なのです!」


「元魔王ジークルード・フィーデン様の…。」


「転生体…。」


 二人はシキの言葉を理解する様に呟きながらジルの事を見る。

その名は二人にとって特別過ぎる程に特別な言葉であった。


「シキ、本気で言っているんですね?」


「冗談では済まない事だよ?」


 特別な言葉であるからこそ冗談でしたでは済まない。

二人の圧が増している様に感じられる。

心なしか話し方も生前のものに戻ってきた気がする。


「本当に本気の冗談でもなんでもないのです!ジル様は100年の月日を掛けて人族に転生されたのです!」


 シキの真剣な表情を見て二人はそれが本心だと理解した。

そもそも元魔王であるジークルード・フィーデンと真契約していたシキが他の者と真契約を結んでいる事自体があり得ない事だった。


 シキが元魔王の事を慕い敬っていたのは側近であった二人が一番良く分かっていた。

どれだけ有能な主人候補が新しく現れたとしても真契約だけは結ばないだろうと断言出来る程である。


 そんなシキが契約しているのだから、それはつまり本人であると言う事だ。

そして何よりシキは、元魔王に関する事で人を不幸にさせる様な発言をしたりはしない。


「…本当にジークルード様なのですか?」


「…我々が仕えていたお方なのですか?」


「転生前に会ったきりだったが、覚えていてくれて嬉しいぞ。レイア、テスラ。」


 そうジルが言葉を掛けると同時に老婆の身体とは思えない程に機敏な動作で二人は片膝を床に付けて頭を下げた。


「お久しぶりで御座いますジークルード様。」


「また会えた事は史上の喜びです。」


 二人は頭を下げたままの姿勢でそう発言する。

若干鼻声だと感じたが、床にポタポタと雫が落ちている。

元魔王であるジルとの久々の再会に感動して泣いてくれている様だ。


「あー、随分と迷惑を掛けたな。」


 まさか突然泣かれるとは思っておらず、言葉に詰まりながらもジルが言う。

ジルが考えているよりも遥かに、この再会を二人は嬉しく思ってくれている様だ。


「…勿体無い…お言葉です。」


「…また会えるなんて…奇跡みたいです。」


 二人は何とか声を絞り出して言葉を返す。

既に床には涙で水溜りが出来ている。

止めど無く流れる涙は勢いを増す一方で止まる気配が無い。


「あー、ジル様が泣かせたのです。」


 シキが二人を見てジルを責める様に言ってくる。

そうやって揶揄うのは二人の気持ちが分かるからだろう。

ジルが転生した事で残された者達が受けた衝撃は想像よりもずっと大きかった。

それだけ皆にとってかけがえの無い存在になっていたのだ。


「己の境遇に我慢出来ずに転生してしまってすまなかった。」


 同じ境遇になれば間違い無く同じ選択をすると思う。

それだけあの変化の無い退屈な日々を抜け出したかった。

だがそのせいで残された者達が辛い気持ちになった事を考えると、ジルには素直に謝る事しか出来無かった。

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