元魔王様と船上の戦い 8

 ルルネットの当たりから数分後、ジルの釣竿にも何かが食い付いた。

糸が凄い勢いで引っ張られて釣竿が折れそうなくらいにしなっている。


「これは大物の予感だ!」


 ジルはニヤリと笑みを浮かべながら釣竿を引っ張る。

先程はルルネットの手助けとして空間把握の魔法を使用したが、今は純粋に釣り自体も楽しんでいるので使っていない。

なので海面下で食い付いた魚も認識してはいない状態だ。


「なになに?ジルにも当たりがきたの?」


 ルルネットがジルの声を聞いてこちらにやってきた。


「うわ、凄い引きね。折れそう。」


「逃しはしない。ルルネット、身体強化だけが魔装の全てでは無い。極めれば釣竿全体を魔装する事も可能となる。」


 そう言ってジルが手に持っている折れそうな釣竿とその先から伸びる糸、はたまた目には映っていない海面下の糸や針まで魔装していく。


 魔装の熟練度を上げていけば自分だけで無く、身に付けている武器等も魔装する事が出来るが、これも武器を魔装するのと同じ容量で行なっている。


 だがジルの魔装は普通では無い。

ある程度魔装を使いこなしている実力者のアレンやブリジットでも釣竿や目に見える糸がせいぜいだろう。

一番先の針までも魔装するのは相当な使い手でなければ難しい。


「凄い事なのは分かるけど、凄そうには見えないわね。」


 釣竿を魔装して釣りをする者なんて世界中にどの程度いるだろうか。

武器を魔装するのと違ってとても地味である。

それでも魔装によって強度が高められているのは確かなので折られる心配は無い。


「我の力に拮抗するとはやるな。」


 ジルが釣竿を引っ張りながら言う。

折れる心配は無いのでどんどん力を入れて引いているが中々に粘っている。

自信を魔装している訳では無いので全力では無いが、それでもジルの素の力に匹敵するとは相当だろう。


「絶対マググロじゃないわよねこれ。」


 明らかに引きが強過ぎると思ったルルネットが船の手すりから海面を覗き込む。

するとまだ水面からは遠いが、海の中に釣竿に食い付いていると思われる獲物の影が見えた。


「ひっ!?」


 思わずルルネットは手すりから後退りして悲鳴を上げてしまう。


「どうかしたか?」


 ジルが釣竿を引きながら尋ねる。

ルルネットの表情は驚愕と言った感じで様子が変だ。


「ジル!?今直ぐ引くのを止めて!」


「どうしたんだ急に?」


「食い付いてるのがヤバいやつなのよ!なんでこんなのと引っ張り合えるわけ!?」


 ルルネットが訳が分からないと言った様子で捲し立てる。

先程海の中を覗き込んだ時に見えた影は魚影と言うにはあまりにも大き過ぎた。

そして一般的な魚の形すらしていなかった。


「ってわあああ!?もうそこまで上がってきてる!?」


 ルルネット達の乗る船の真下が海の色と違って真っ暗になっている。

巨大な影が直ぐそこまで上がってきているのだ。

そして周りにいた他の船も異変に気付いたのか影を見て慌てている。


「ルルネット様!?急いで離れた方がいいですよ!」


 そう声を掛けてその場から離脱する船が相次ぐ。

その影の持ち主は漁師達が太刀打ち出来る様な相手では無いのだ。


「急いで離脱します!ジル様は釣竿を離して下さい!」


 サリーが船の操縦席に向かいながら言ってくる。

漁師達同様海面の影を見て慌てている。


「ほら早く離しなさいよ!」


 ルルネットがジルの事を揺さぶりながら言ってくる。


「まあ、落ち着け。取り敢えず何の魔物かくらい教えてくれ。」


「この影はテンタクルー!おっきな海の暴れ者なの!こいつの被害に遭った船は数え切れないし、クラーケンを餌にしちゃう様な奴なのよ!」


 早口に捲し立てたルルネットが海面を指差して言う。

トレンフルでは有名な魔物の様である。

あの巨大なクラーケンを餌にするとは、確かに船くらいなら簡単に沈められそうである。


 そうこうしているうちに海の中から船に纏わり付こうと触手が伸ばされてきた。

幾つも吸盤が付いている真っ赤な触手が大量に周りを囲んでいる。


「囲まれた!?」


「これでは脱出が出来ません!」


「うわー、どうするのよジルのバカ!バカバカバカ!」


 ルルネットがポコポコとジルの背中を叩きながら言ってくる。

戦闘狂のルルネットでも船を壊され水中戦闘に持ち込まれては本来の力が出せなくなって絶体絶命だ。


「全く、何を騒いでいるのかと思えば。たかが魔物だろう?」


 そう言ってジルが釣竿を離して銀月を抜き、手近なテンタクルーの触手に斬り掛かった。

触手は銀月の刃によって輪切りにされ、斬られた触手が海や船の上に落ちてくる。


「テンタクルーを斬った!?」


 それを見てルルネットが何度目かも分からない驚愕の表情を浮かべていた。

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