元魔王様と船上の戦い 9

 あまりにもルルネットが驚いているのでジルは疑問に思う。


「何をそんなに驚いている?」


「だってテンタクルーの触手って粘液に守られて刃物が全然通らないのよ!?」


 そう言われて銀月を見てみると確かに粘液が滴っている。

しかしこの程度で斬れなくなるとは使い手や武器の問題だろうとジルは思った。

少なくとも本気で斬った訳では無いのでそれは大袈裟である。


「そう言われても我にとっては簡単に斬れる。」


 ジルは海面から出ている触手を次々に輪切りにしてテンタクルーの攻撃手段を奪っていく。


「ォォォッ!」


 すると触手を斬られて怒ったのか低い唸り声と共にテンタクルーが海面に姿を見せる。

ダンジョンに行く時に倒したクラーケンの数倍はありそうな大きさである。


「タコ?」


 その姿を見たジルの口から自然と言葉が洩れる。

その見た目は異世界の本で見た姿に酷似していた。

大きさや触手の数こそ全然違うが真っ赤な身体を持つ軟体生物なのは同じだ。


「ォォォッ!」


 テンタクルーは自分の触手を斬ったジルに向けて反撃とばかりに触手を叩き付けようとしてくる。

巨大な触手が持ち上げられ、一気に振り下ろされる。


「ぎゃあああ!?潰される!?」


「超級風魔法、インパクトブレイク!」


 ジルは迫り来る触手に向けて風魔法を放つ。

ダンジョンの床をぶち抜く時に使用した魔法である。

頑丈なダンジョンの床を破壊した威力がテンタクルーの触手に襲い掛かる。

触手は風による衝撃で一瞬で消し飛んだ為船は無事だ。


「ォォォッ!」


 一本で駄目ならばと海面下にあった何十本もの触手を上に上げる。

これだけの数に攻められれば大型船でも一瞬で沈められそうだ。


「手間が省けるな。」


 ジルはそれを見てニヤリと笑みを浮かべる。

それと同時に銀月を鞘に戻して腰を落とす。

銀月に手を添えて居合いの姿勢をとると同時に膨大な魔力を注ぎ魔装していく。


「抜刀術・断界!」


 目にも止まらぬ速さで抜かれた銀月によって、目の前のテンタクルーのいる空間が揺らぐ感覚をルルネットは覚えた。

その直後視界いっぱいにあったテンタクルーの触手が全て斬れて落ちていく。


「へ?」


 何が起きたか分からずルルネットの口から間の抜けた声が洩れる。

しかしテンタクルーは違った。

高ランクの魔物が故に今の異常な攻撃でジルがどれだけ化け物なのかを理解した。


 全ての触手を断ち斬られた事なんて構わず、一刻も早く深海に逃れようと潜り始める。

しかしその判断はあまりにも遅過ぎた。

と言うよりもジルの釣竿に食い付いたのが運の尽きである。


「初獲物だ、逃すか!」


 ジルは傍に置いておいた釣竿に手を掛ける。

まだテンタクルーを釣り上げた釣竿は糸で繋がっている。

逃れようと潜るテンタクルーを強引に上に浮上させる。


 触手をジルに全て斬られたからか抵抗が弱まっており、上にどんどん引き上げられていく。

そして再び海面にその姿を現した。


「上級水魔法、アクアランス!」


 目の前に水で出来た槍を作り出してテンタクルー目掛けて放つ。

触手を失い攻撃も防御も出来無くなったテンタクルーは自分に向かってくる水の槍を見ている事しか出来ずにあっさりと頭を貫かれた。


「まあ、釣り上げたと言う事でいいだろう。」


 海面に力無く浮いているテンタクルーと斬られた沢山の触手を見て言う。


「テンタクルーを倒しちゃった… 。もう驚く事は無いと思ってたけど、本当にジルって規格外なのね。」


 ルルネットは目の前に広がる光景を見て呟く。

サリーなんて驚き過ぎて言葉を失っている。


「身体がデカいだけでそれ程強いとは思わなかったけどな。」


 テンタクルーとの戦いは常にジルのワンサイドゲームの様な感じであった。

これならば直近で言うとダンジョンのボス部屋で戦ったゴブリンニンジャの方がずっと強かった。


「普通は大きさって充分脅威なんだけどね。それに慣れない場所での戦闘ってのもあるし、真っ向から戦う人なんて殆どいないわよ。」


 冒険者は戦う事になれている者達だが、環境が違うだけで力を充分に発揮出来無い者が幾らでもいる。

その一つが海の魔物との戦闘だ。

海中だと普段と違って動きにくく、思った様な動きが出来無かったり攻撃が遅くなったりするので如実に現れる。


 魔法での戦闘だとしても使える種類が限られてくる。

火魔法は水で鎮火してしまうし、雷霆魔法は周りの者を感電させて巻き込む可能性がある。

攻撃手段が限られてくるので冒険者を選ぶ事になる。


「だが我の弟子ならば甘えは許さん。どんな状況にも対応出来る力を身に付けろ。」


「無茶な事を言うわね。」


 ジルの様な規格外の強さを誰もが持っている訳では無い。

ルルネットには自分がテンタクルーを倒すイメージが全くわかなかった。


「ブリジットならばやってないだけでテンタクルーくらい余裕で倒せると思うぞ?」


「む?お姉様に出来るんだったら私だって出来る様になってやるわよ!」


 ブリジットはルルネットの姉でありながら戦闘の目標とする憧れの存在だ。

そのブリジットに出来るのならば自分も出来る様になりたい。

今は無理でも絶対いつかは出来る様になってやると思った。


「ルルネットお嬢様がどんどん化け物にされていく…。」


 目の前の二人のやり取りを見てサリーが呟く。

仕える主人の将来が少しだけ心配になるサリーだった。

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