元魔王様と港町トレンフル 7

 ブリジットに案内されて訓練場に向かうとルルネットが仁王立ちで待っていた。

ルルネットはまだ身体が小さいので大きな武器を持てないのか、腰には二本の短剣が下げられていた。


「早速始めるわよ!」


「普通の模擬戦って事でいいのか?」


「そうよ、降参か気絶で終わりにするわ!」


「それでは私が審判を務めましょう。」


 ブリジット自ら申し出て二人の間に立つ。

それなりに広い訓練場でジルはルルネットと向かい合う。


「この訓練場は冒険者ギルド同様、魔法道具によって死の危険がありませんので思う存分戦っても構いません。」


「それは助かるな。」


 そう言った魔法道具が安全の為に取り付けられている場所では、相手を殺す心配も無いので思う存分やり合う事が出来る。

子供だからと言って加減する必要も無い。


「ふん、余裕な態度も直ぐに無くさせてあげるわ!」


 ルルネットが短剣をそれぞれ抜いて双剣スタイルで構える。

対するジルは銀月を抜かず無手のまま自然体である。


「とことん馬鹿にしてくれるわね!」


 それを見て侮られていると思ったルルネットが静かに怒っている。


「それでは始め!」


「はっ!」


 ブリジットの合図と同時にルルネットが地面を蹴る。

ジルに真っ直ぐ迫って双剣による連続攻撃を仕掛ける。


「ほお、確かに良い動きだな。」


 子供にしては動きがかなり良い。

さすがはブリジットの妹である、将来がとても楽しみな逸材だ。


「あ、当たらない!?」


 何度も短剣を振るっているのにジルには掠りもしない。

的確に見切られて全て回避されているのだ。

攻撃速度には自信があったのでルルネットは少し衝撃を受ける。


「どうした?それで全力か?」


「っ!いいわ、見せてあげる!フレイムエンチャント!」


 ルルネットが魔法を使用した事により短剣が熱を帯びる。

火の粉を振り撒く程に刀身が赤くなり、攻撃力が格段に上昇した。


「ブリジットが評価する訳だな。」


 ジルはそれを見て素直に驚いていた。

この歳で上級魔法を使えるのも凄いが、なんと詠唱破棄までしている。

ルルネットに万能鑑定を使ってもスキルは感知しか持っていなかった。


 つまりこの詠唱破棄はジルが持っている様なスキルでは無く、何度も使ってイメージを固めて完全に使いこなせる様になった部類だ。


 詠唱破棄は適性が高いか相当魔法を使ってきた証である。

最初は家族贔屓かとも思ったが、子供という事を考えると凄まじい才能と言える。


「気絶させてお終いよ!」


 ルルネットが短剣を振るう度に赤い軌跡が空中に出来上がり熱気を振り撒く。

攻撃力の上がったルルネットの猛攻を回避し続けていると、ルルネット自身の速さまで共に上がってきた。


 なんと上級火魔法と同時に足だけだが魔装まで使ってきたのだ。

子供でありながらそこら辺の騎士や冒険者と比較しても強い部類なのは間違い無い。


「全く大したものだな。楽しませてもらった礼に我も少しだけ魔法を使ってやろう。」


「っ!?」


 ジルの言葉にルルネットは大きく距離を取る。

攻撃はいまだに当たっていないが、猛攻により息が乱れたので呼吸を整えて構える。


「少しはやる気になったみたいね?」


 回避ばかりで反撃をしてこなかったジルがやっと攻撃をする気になった。

どの程度のものか見極めてやろうとルルネットは思っている。


「我のやる気を引き出したんだ、簡単に終わるなよ?ファイアアロー!」


「初級火魔法如きで…っ!?」


 ジルの使用したのが初級火魔法だったので一瞬侮ったが、その考えは直ぐに改めさせられた。

ジルの周辺には何十本もの火の矢が浮かび上がる。

本当に初級魔法かと言いたくなる様な光景だ。


「な、なんなのよあいつ!?」


 直後凄まじい数の火の矢が一斉に自分に向かってきた。

ルルネットは足を魔装して移動能力を高めて回避しながら、避けられない火の矢は魔法で強化された短剣で弾き落としていく。

凄まじい集中力でルルネットは全ての火の矢を退けた。


「はぁはぁ…、ど、どんなものよ。」


 ジルによる怒涛の攻撃になんとか対処出来たがルルネットは肩で息をする状態になってしまった。

対処するのに魔力を使い過ぎたのもあるが、激しい動きを強要されて体力もかなり消費させられた。


「では次といくか!」


 ジルがそう言って手を向けてきて、そこには火の玉が生み出される。

初級火魔法のファイアボールだと思われるが、普通の大きさの二倍くらい大きいのに、それでとどまらずにまだ大きくなっている。


「なっ!?」


 自分に放たれようとしている火の玉は明らかに普通じゃない。

先程のファイアアローも普通の魔法に比べて数も威力も高かった。


 今回も威力は非常に高そうだと思われる。

しかし先程力を使い果たし、もう立ち向かえるだけの魔力が残っていない。


「ルルネット、戦いにおいては引き際も肝心です。時には潔く負けを認める事も大事ですよ?」


 審判をしていたブリジットが短剣を構えているルルネットに向けて言う。


「う~、降参よ降参!」


 ブリジットの言葉を受けたからか、ルルネットが悔しそうにしながら喚く様に言う。


「勝者はジルさんです。」


 ブリジットはその様子を見てクスリと笑いながら戦いの終わりを告げた。

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