元魔王様と領主の依頼 3

「この街の領主じゃな?」


 事前にこれから住むセダンの街について少し説明しておいた。

住む街の領主の名前もその時に教えたのでしっかり聞いていた様だ。


「ああ、奴隷解放をさっさと終わらせるとしよう。」


 いつまでも窮屈な首輪を付けさせているのも可哀想なので早く外してやりたい。

実はジルの力だけでも取り除けたりするのだが、後で正規の手順を踏まずに奴隷解放した事がバレて問い詰められても面倒なのでそれはやめておいた。


「おおお!妾の為に有り難い事なのじゃ!」


 ナキナは救いの神でも見るかの様な目を向けている。

実際に奴隷の首輪を外してくれる者が現れたのなら奴隷側からはそう見えるのだろう。


「大袈裟だな。」


「そうでもないのです。余程良い主人に買われなければ、奴隷から解放される機会なんて普通は無いのです。」


 一度奴隷になればその後一生奴隷なんてのは当たり前だ。

そんな境遇から解放されるとなれば余程運が良い一握りの者だけだろう。

なのでナキナの感動も当然と言えば当然なのだ。


「そんなものか。奴隷と関わる機会なんてあまり無かったからな。」


 ジルが魔王をしていた頃に治めていた魔国フュデスには奴隷制度は無かった。

人族の様に同胞である魔族を奴隷として物の様に扱う事は許せなかったし出来無かった。


 だが自分の国で奴隷制度が無かったからと言って魔族が奴隷にならなかった訳では無い。

人族に捕まって他国で奴隷となった者は少なからずいた。

当然そうなれば即座に解放させる為に動いていたので、人族との争い事は絶えなかった。


 と言っても世界最強の魔王に人攫いの小悪党程度が敵うはずも無く、見つかれば即座に組織が潰されたのは言うまでも無い。


「妾も出来れば二度と関わりたく無いのじゃ。」


 忌々しそうに自分の首輪に触れながら呟く。

こんな物を付けていて良い気分なんて誰もしないだろう。


「ならばこれからはもう少し気を付けて生活するんだな。呑み過ぎに気を付けるか、酔っていたとしてもあの程度の輩に遅れを取らない様に強くなるか。」


 ジルの見立てでは天使はそれなりに強かったが普段のナキナなら充分に勝てるくらいの実力差はあった。

なので敗北の最たる原因は酔っていた事となる。


 そんな状態で無ければ予想外の襲撃を受けたとしても簡単に返り討ちにしていた筈だ。

なので結論を言えば、戦いに支障が出るまで呑まないか、そんな状態でも余裕で勝てるくらい強くなればいいのだ。


「さすがに反省はしておる。酒は好きじゃから減らすつもりは無いのでもっと強くなってみせるのじゃ。その為の武者修行でもあるんじゃからのう。」


 集落での宴でも見るからに酔っていると分かるくらい呑んでいたし酒好きなのは確かだろう。

好きな物ならば無理に制限するつもりも無いので、代わりに実力を高めてもらえればそれで充分だ。


「ナキナが強くなればシキの護衛としても安心出来る。たまに我が稽古を付けてやろう。」


 自分がいつでもシキと行動を共にするとは限らないので、離れていてもシキを必ず守ってくれる存在が必要だ。

その為ならばナキナの武者修行の一つとして稽古に付き合っても構わない。


「おおお!楽しみなのじゃ!」


 ジルが強い事はナキナも当然知っている。

戦っていたのは殆どがメイドゴーレムであり、直接戦闘を見た訳では無いが洞窟での戦闘は同胞から聞いている。


 あの場所には大量のオーガが存在していたらしく、ジルが相手をしていなければ鬼人族では手が付けられなかっただろう。


 集落での一件はジル達がいなければ確実に鬼人族は滅んでいた。

そんな大恩ある実力者のジルに稽古を付けてもらえるとなればナキナは強くなれる気しかしてこない。


「…お姫様、壊れちゃ駄目なのですよ?」


 二人のやり取りを見て少しだけ同情する様な目をシキが向けて言う。

魔王時代にも契約していたシキなのでジルが稽古を付けている姿は当然何度も見てきた。


 あの頃を思い出すと自分の主人でありながら本当に敵対関係で無くて良かったと言う気持ちしか湧いてこない。

争いが絶えなかった事態故に配下達の今後を考えて善意で鬼教官となっていた魔王の姿が思い出される。


 人族に負けない様に、奴隷として攫われない様に、どんな困難にも打ち勝てる様にと魔族達の身を案じて真剣に鍛えていたからこそ、そこには妥協も甘えも存在せず厳しかった。


 さすがに魔王から人族に転生した事により遥かにジルは弱体化したが、あの頃の訓練を行っていたのは魔王本人だ。

実戦よりも遥かにハードな訓練であり、それを思い出すと同一人物が行う事には変わり無いのでナキナが倒れないか心配になった。


「ま、待つのじゃシキ殿。それはどう言う意味じゃ?」


 ナキナはシキの不穏な台詞を聞いて一気に不安になる。

思わず尋ねたくなるくらいシキの表情は同情一色であった。


「ジル様、ほどほどになのです。」


「善処しよう。」


 さすがに昔の様な争いの渦中にいる訳でも無いので稽古と言っても常識の範囲内となるだろう。

それでも不穏な会話でやり取りをする二人を見て、ナキナは少しだけ心の中で後悔しているのだった。

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