元魔王様とセダンの大商会 3
ジルにとっては大した痛手では無いが、女将とリュカにとっては生活に関わる問題となる
その時は店を無限倉庫に仕舞い、別の街で宿屋を出来る様にするくらいは面倒を見るつもりであった。
「はぁ~、そんな事は分かっているから大変なんじゃないですか。ジルさんとは良い関係を続けていきたいと言うのがギルドの見解なんですから。」
ジルが脅す様に言った内容だが、ギルド側は当然理解していた。
なのでジルを囲う為に機嫌を損ねる様な対応をするつもりは毛頭無いのだ。
「それはそれは、随分高く買ってくれているな。」
「だからこそギルド内でも少し揉めたんですけどね。まあ、結果から言いますとジルさんの方を選ぶ形です。」
商会との事を考えたにしては、少ししか揉めなかったらしい。
それだけギルドがジルの価値を高く見ているのだ。
予想通りの反応にジルの顔は少しだけ綻んだ。
「大商会よりも個人の冒険者を選ぶとは、大胆な事をするな。」
「言葉と顔付きが合っていませんよ。一応商会の息が掛かっていない取り引き先もありますから、直ぐに困る事は無いですしね。」
そうは言っているがギルドの取り引き先の大部分を占めていたのがビーク商会である事には違い無い。
それを手放すと言うのは大胆な選択である。
「我もギルドが使えるならば特に困らないので問題無いだろう。早速冒険者が持ち込んだ肉類を買い取りたい。」
ギルドで手に入る食材と言えば基本的には魔物の肉だ。
わざわざギルドに野菜を持ち込んで売る様な者はいない。
「食料調達はギルドか自分で取りに行くしかないですからね。ギルドマスターの指示で既に用意してありますよ。」
「気が効くな。」
ミラに案内されて向かった部屋にはギルドが冒険者から買い取った肉類が大量に置かれていた。
ここから商会や店、ギルドの酒場等に流されるのだ。
当然異世界通販で買うよりも安いので大量に買っておく。
無限倉庫のおかげで腐る心配も無く、安心して大量購入が出来る。
「これで食料問題は大体解決しただろう。帰るとするか。」
「ちょっとお待ちを。」
ギルドでの用事も終わったので帰ろうとすると、ミラに服の裾を掴まれる。
先程までとは違って笑顔を浮かべている。
「ん?何か用かミラ?」
「実は少々特殊な依頼がありまして、興味はありませんか?」
ミラは和やかに笑いったまま続ける。
「特に今は受けるつもりは無いな。では。」
断って去ろうとしたが、ミラの手は握られたままである。
服を引っ張ってみても決して離さないと言う意思が伝わってくる。
「何故、握っている?」
「はぁ~、大商会との取り引きが中断されるので、新たな買い取り手を探す作業苦労しそうですね~。」
ミラがわざとらしくジルに聞こえる様に独り言を呟く。
とても憂鬱そうな表情を浮かべており、役者にでもなれそうな態度の変化である。
「…。」
「それもきっと妨害とか受けるんでしょうね~。」
新しく商会長となったモンドのやり口を見ていると、取り引き中止以外にもギルドが何らかの被害を受ける可能性はある。
「…。」
「もしかして、腹いせに命を狙われるなんて事も…。」
ミラは怯えた様な表情を作り、自分の身体を抱き抱えながら言う。
若くて容姿も優れているので実際可能性が無いとは言い切れない。
「分かったから、その下手な芝居は止めろ。聞くだけは聞いてやる。」
自分達の問題にギルドを巻き込んだ罪悪感は多少なりともあるので、依頼の話しを聞く事にした。
「さすがジルさん!これなんですけど。」
ジルの言葉を聞いた途端にミラが笑顔で依頼書を見せてくる。
ミラが言っていた通り確かに特殊な依頼の様で、肝心の内容が書かれておらず、書いてあるのは名前の表記のみであった。
「依頼内容の表記が無く、会ってから説明するか。変わった依頼だな。このトゥーリ・セダンとは誰だ?」
「…まさか知らないとは。」
「ジル様、この街の領主の名前なのです。」
ジルの質問にミラは少し呆れた様な反応を見せ、シキが答えてくれた。
領主の姓は街の名前に付けられる。
「領主?ミラよ、我が目立ちたく無い事は知っているだろう?」
規格外の能力が知れ渡ると面倒な事になる。
なるべく目立たずに自由な生活を送りたいのである。
「今更すぎますよ。大商会相手に喧嘩を売っておいて。」
確かにミラの言う通り、ジルの名前はビーク商会関係の者達全員に知れ渡ってしまった。
今街中で最も目立っている人物であろう。
「こんな大物とは知らなかったのだ。」
「とは言っても既に大商会相手に確実に認識されています。それとトゥーリ様の依頼についてですが、記入はされていませんが相当な実力者でビーク商会所属の者では無い事、と言う条件がギルド職員には知らされています。」
依頼書には書かれていないが、受ける者の条件があるらしい。
実力についてはギルドに既に充分見せつけてしまったので、しっかりと把握されていて言い逃れも出来無い状態であった。
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