元魔王様と宿屋の事情 6

男の手に置かれた金貨は契約書に書かれた借金額と丁度同額だ。


「きっちり100万Gだ。文句は無いな?」


「え?あ、いや。」


 突然現れた金貨に男は戸惑って言葉が出ない。

ジルの介入によって自分達の思っていた展開と随分違う事になってしまったからだ。


「文句は無いなと聞いている。」


「「「…。」」」


 男達は言葉が出ず返答する事が出来無い。

借金額を返されてしまえば、何も文句を言えないのは当然だ。


「沈黙は肯定と受け取ろう。」


 ジルは契約書を男達の前でビリビリと破り捨てる。

書かれていた額は既に返金し、契約は守られたので不要となった契約書をどうしようが自由である。

だが男達は破られる契約書を見て戸惑いや焦りを感じている様子だ。


「用が済んだならさっさと帰れ。もう直ぐ昼食の時間で我は忙しい。」


 ジルはしっしっと追い払う様な仕草をする。

人族として転生してから食の楽しみを知ったジルは、毎日の食事の時間が一つの楽しみでもあるのだ。


「あんた、随分と勝手に話しを進めてくれるじゃねえか。」


 だが金を手に入れた代わりにリュカを手に入れられなかった男達は当然不満そうである。


「借りた分を代わりに返しただけだ。文句を言われる筋合いは無いな。」


「見たところ冒険者か。腕っ節には自信がある様だが、喧嘩を売る相手は選んだ方がいいぜ?」


 うちの商会に喧嘩を売れば後悔する事になるぞとでも言いたげだ。


「喧嘩?ああ、外の奴を吹き飛ばした事か?大切な仲間を脅されたんだ、我はあれでもやり足りないくらいだがな。」


 とぼけつつも指をパキポキと鳴らして男達に迫る。

先程リーダーの男がデコピンだけで軽々と吹き飛ばされたのを見ているので、その動作を見て若干引いている。


「ちっ、行くぞお前ら。」


「モンド様にはしっかり報告してやるからな。」


「後悔する事になるぞ。」


 三下の様な捨て台詞を吐いて宿屋から男達は出て行った。

外で白目を剥いているリーダーの男を背負って逃げていく。


「さっすがジル様なのです!すっごく素敵にかっこよかったのです!」


 男達がいなくなりシキが喜びを表す様にジルの周りをクルクルと飛び回りながら言う。


「戦闘スキルを持っていないんだ。あまり無茶はするなよ。」


「はいなのです!」


 小さく敬礼しながら返事をするシキ。

だがシキの性格を考えると同じ様な状況になれば同じ事をするだろう。

何か対策を考えなければとジルは心の中で思う。


「ジルさん、私達の事情に巻き込んじまってすまないね。」


「ごめんなさい。」


 女将とリュカが深々と頭を下げながら言う。

あのままいけばリュカは奴隷となり親と子が強制的に引き離されていたのだ。

どれだけ感謝してもし足りないだろう。


「明日から世話になれなくなるのは困るからな。シキも助けたがっていたし気にするな。」


 この宿屋は二人で経営している事もあり、自分達の負担を考えて宿泊出来る客は少数なのだ。

人が少ないからこそある程度自由に使わせてもらえているので、シキ共々気に入っている。


「本当にありがとね。必ずお金は返すから安心しとくれ。」


 別にまた稼げるので大丈夫だと言ったのだが、女将は首を縦には振らなかった。

受けた恩は必ず返すと言って譲らない。


「ところで何があったのです?」


 シキが聞いているのは勿論借金の件だ。

実際にあんな場面に遭遇してしまったのだから気になってしまう。


「あの借金はね、飲んだくれの馬鹿な旦那が酒欲しさにした借金さ。」


 詳しく聞くと元々宿屋は旦那を含めた三人で経営していたらしい。

経営はとても順調ではあったのだが、昔から酒癖が悪かった旦那は店の売り上げを使い込み、知らないところで借金までして呑んでいたのだとか。


 そしてある日、外で呑んで相当酔っ払ってしまい、街中の橋から川に転落してしまったらしい。

帰ってこない旦那を心配して探し出した時には既に溺れ死んだ後だった。


 後日旦那が亡くなった後、借金の話しを女将が商会から聞かされ、その金額に絶望していたが、事情を聞いた商会長の温情で返済期限を無期限としてくれたのだと言う。


「娘を危険に貶めた旦那も死んじまったから、文句を言う事も出来無かったけどね。」


「二人共可愛そうなのです。」


 二人がした借金でも無いのに酷い目に遭うところだったのだ。

優しいシキとしては同情せずにはいられない理由である。


「でもジルさんとシキちゃんのおかげで助かったんだし、悪い事ばかりじゃ無いわよ。お礼も込めてこれからも沢山頼ってね!」


「そうだな、沢山世話になってやろう。」


「世話になるのです!」


 人族に転生してから十日も経っていないジルと掌のサイズのシキでは、快適な日常生活を送る事なんて出来る訳が無い。

なので世話をしてくれる二人の存在は有り難く思っており、その発言を聞いた二人も任せておけとばかりに笑っていた。

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