第5話

「……こんな所でなにしてるんだ」


 屋上に出ると、黒星は魂子に尋ねた。

 魂子は幽霊でも見たような目でこちらを見返している。


「………………白神君も見えるの?」

「なにが」

「とぼけないで! 上から全部見てたんだから! 明らかに見えてる人の動きだったよ!」


 黒星は言葉を探した。

 例えば上手い言い訳とか。

 ちゃんと探せば見つかるのだろうが、面倒になって肩をすくめる。


「まぁ、それなりに」

「なんで教えてくれなかったの!?」


 魂子は嘘つきを非難するような顔で言った。


「教えたくなかったからだ。他に理由があるか?」


 魂子が言葉に詰まる。


「アレはなんだ。君はここでなにをしてる」


 顎を振って校門前に墜落したアレを示す。

 魂子は俯くだけで答えない。

 黒星は鼻を鳴らして肩をすくめた。


「自殺なら調べればわかる」


 自殺という単語を出した瞬間、魂子の顔がくしゃりと歪んだ。

 それで黒星は直感する。

 この女はアレがなにか知っている。

 関係者ですらあるかもしれない。

 辺りを見れば証拠も見つかった。


 屋上の端、丁度アレが落下した場所の真上辺りに鉢植えとお菓子の箱と白い粉の入った小瓶が供えてあった。

 鉢には校庭の花壇に植えてあったのと同じ花が植えてある。

 白い粉は魂子が作った清めの塩だろう。

 塩の瓶は他にもあって、屋上を取り囲むように点々と置かれている。


「……なるほど。そういう事か」


 黒星はげんなりと呟いた。


「君の友人がここから飛び降りた。理由は知らないが、イジメかなにかだろ。それで悪霊になり、君はそれを祓おうとしている」


 魂子が目を見開いた。

 愛嬌のある大きな瞳が「どうしてわかったの?」と言っていた。


「それくらいの事は考えれば分かる」


 黒星は得意げに鼻を鳴らした。

 魂子の肩から力が抜けた。

 どことなく、名探偵の前で自白を始める寸前の犯人を思わせる。


「……一つだけ間違い。あの子とは友達じゃなかったの」


 泣き出しそうな笑みでそう言った。

 まるでその事が彼女の罪みたいに。


古旗心ふるはた こころちゃん。一年の時に同じクラスだったの。地味で目立たないタイプの子で……。別に悪い所なんかなかったけど……。誰とも友達になれなくて……。気が付いたらイジメられてて……」


 込み上げた涙が勝手に目から零れるように、魂子はポロポロと言葉を落とした。


「興味ない。必要な情報は揃った」


 その言葉に、魂子は頬を打たれたみたいに固まった。


「……なにそれ。酷くない? 白神君にとっては他人でも、人が死んでるんだよ!?」

「酷いのは君の方だろ? イジメられている事が分かっていて助けなかった。それでそいつは自殺して、残った恨みが幽霊になった。それに気づいた君は今更罪滅ぼしをしようとしてる。自分が罪悪感から逃げたいから」


 魂子がグッと拳を握った。


「……そうだけど、それだけじゃない……。心ちゃん、あれから時々屋上から飛び降りるようになって……。堕ちてく姿を窓から見る人がいたり、堕ちる音を聞く人がいたり、あたしだって全部見えちゃうし……。心ちゃんだってきっと辛くて……そんなの、なんとかしないと可哀想でしょ!?」

「それが彼女の復讐だったんだろ。君は偽善でそれすらもその子から奪ったんだ。残酷だとしか思わないね」

「――ッ!?」


 怒りの形相を浮かべると、魂子は大股でこちらに近づき、大きく右手を振りかぶった。


「きゃっ!?」


 魂子の平手が黒星に触れる事はなく、北山の時のように吹き飛んでいく。


「ありがとう、姉さん」


 肩越しに振り返り、黒星は呟いた。

 背後には、闇が沸騰したような不定形の異形が立っていた。


「……姉さん? その悪霊が?」


 殴られた頬を押さえながら、茫然として魂子が呟く。


「君には関係ない」


 冷たい声音で吐き捨てる。


「良かれと思ってやったんだろうが、結果は最悪だ。結界に閉じ込められて、こいつは復讐の手段さえ奪われた。加害者達が何食わぬ顔で楽しそうにしてる日々を見ている事しか出来ないんだ。そりゃ悪霊にだってなる」

「じゃあ放っとけば良かったって言うの!? あの子もあたしも学校のみんなも……大勢苦しんでたのに!?」

「そうだよ」


 黒星は断言した。


「才能があったって、君はただの素人だ。遊び半分で怪異事件に首を突っ込むべきじゃない」

「白神君だって素人でしょ!?」

「僕はプロだ」


 黒星は胸元から取り出した手帳を開いた。

 解異士の免許を見て、あんぐりと魂子の口が開く。


「……あなた、何者なの?」

「国に雇われてる……って事になってる」


 歯切れの悪い物言いをすると、黒星はフェンスにそって並べられた塩の小瓶に視線を向ける。


「素人だが、君の力は本物らしい。古旗心の霊はその存在を外部に知られる事なく増長し続け、結界の強度を上回りつつある。結界を越えて自殺を再開したのがその証拠だ。恐らく君は、その度に塩の数を増やして結界を強化してたんだろうが……。この怪異はあまりに大きくなりすぎた。怪異庁が一瞬漏れ出した異力を探知して、解決の為に僕が送り込まれたってわけだ。理解した?」

「多分……」


 その後に続く言葉は「無理」だろう。


「なんでもいい。これから僕は仕事をする。危ないからさっさと帰れ」


 黒星が背中越しに屋上の扉に親指を向ける。

 わざわざしたくもない説明をしたのもその為だ。

 それなのに。


「……やだ」

「プロだと言ったぞ。素人の手伝いなんか必要ないし邪魔なだけだ」

「手伝うなんて言ってない! むしろその逆! 心ちゃんはあたしが成仏させるから、白神君は手を出さないで!」

「それが出来なかったらこうなってるんだろ」

「それでもやるの! 白神君、そのお姉ちゃんとかいうのの力を使って無理やり心ちゃんを退治するつもりでしょ!? そんなのダメ! ひど過ぎるよ!」

「……酷くない。幽霊はただの情報存在で、君が思ってるような死後の人間の魂ってわけじゃない。強い想いが怪異となってそれらしく振る舞っているに過ぎない。現実世界に焼き付いた力ある幻影だ」

「そんなの誰にも分からないじゃない! 第六感も、怪異も、幽霊だって、本当の事はなにもわかってないんでしょ! アレが心ちゃんの魂なら、彼女には生まれ変わる権利がある! それがダメなら天国でもいい! 分からず屋の解異士のお仕事でなかった事にされていいわけないじゃない!?」

「話にならないな。君みたいな奴がいるから怪異事件が複雑になるんだ。この世界は人間の物で、怪異の物じゃない。奴らは本質的に異質で異常な存在なんだ」

「じゃああなたの後ろの黒いのはなんなの!? 甘えた声で姉さんって呼んでたじゃん!」


 痛い所を突かれて、黒星の視線が僅かに下がった。


「……君には関係ない」

「関係なくない! 白神君の話は全然筋が通ってない! そんなんじゃあたし、全然納得できない!」

「納得して貰う必要はない。僕はプロの解異士だ。市民の安全を守るって名目があれば、邪魔な民間人を排除する権利だって持ってるんだ」


 黒星の意思を汲み取って、ブクブクと沸き立つ影が滑るように床を這い、魂子の元へと接近する。

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