第4話

 次の休み時間、黒星は散々魂子に嘘つきだなんだと罵られた。


「嘘ついただけじゃなく北山君と喧嘩したでしょ!」


 そう言って魂子は顔の真ん中にデカい絆創膏を貼り付けた北山を指さした。


「……してない。僕があんなデカブツに敵う訳ないだろ」


 視線を向けると、北山は引き攣った笑みで何度も頷いた。


「……ほら」

「絶対嘘! 北山君明らかにビビってるし! ボコって言いなりにしただけでしょ!」

「――ふがぁっ!?」


 北山が情けない顔を浮かべた。

 黒星は面倒くさそうに溜息をつく。


「……その辺にしておけよ。流石に可哀想になる」

「だから言ってるんでしょ! 確かに北山君は喧嘩しか脳のないダメ不良だけど、それでもイジメはダメ! 同じクラスの仲間なんだから仲良くしなきゃ!」

「うわああああああああ!?」


 北山が顔を押さえて教室を飛び出した。


「北山君!? どうしたの!?」

「……君に人の心はないのか?」

「白神君に言われたくないし! 自分で言うのもなんだけど、あたしってみんなに優しいって評判なんだよ!」

「……なら君は、一方的な優しさが人を傷つけることもあるって事を学ぶべきだ」

「そんな事よりお祓いに行って! 白神君、思ってたよりワルみたいだし! 遊び半分で古代の悪霊が封印されてる塚とか壊しちゃったんじゃない?」

「行かないしワルじゃないし壊してもない。君こそいい加減諦めろよ。鬱陶しいし迷惑だ」

「白神君の為を思って言ってるんだよ!」

「余計なお世話って言葉知ってるか」

「しってるけど! あたしは六感があるの! 将来は解異士になって活躍するつもりだし! 見て見ぬふりして白神君になにかあったら後味悪いじゃん!」

「一億円かけてもいい。そんな事にはならない」

「じゃーあたしは一兆円かけるし!」

「……子供か、君は」

「こーこーせーは子供です~!」


 ベロベロバーと魂子が舌を出す。

 そんな仕草も絵になってしまうから憎たらしい。


「……ガキめ」


 黒星は舌打ちを鳴らして無視を決め込んだ。

 万事そんな様子だから、放課後も絡んでくると思っていたのだが。


「ごめん、白神君! 放課後は用事あるから構ってあげられないの!」


 魂子は申し訳なさそうに両手を合わせた。


「……勘違いしてるみたいだから言っておくけど、僕は一度だって君に構って欲しいなんて頼んだ覚えは――」

「じゃあまた明日ね! お祓いの事忘れないで! っていうか行けるなら今日行って! オススメマップは置いてくから!」


 手紙の形に折られたノートの切れ端を机に叩きつけると、魂子は足早に教室を出て行った。


「……人の話は最後まで――」


 言いかけた言葉が無駄になり、黒星は忌々しそうに舌打ちを鳴らした。


「ねぇ白神君。よかったらこの後みんなでカラオケ行かない?」

「親睦会的な!」

「もちろんあたし達の奢り!」


 隙を狙っていたのだろう。

 今朝黒星を質問攻めにしていた女子の一団に囲まれる。

 黒星は面倒くさそうに溜息をついた。


「……行かない。音痴なんだ」


 ばっさり切り捨てると、さっさと教室を出ていく。

 残された女子達は。


「……なにあの態度」

「せっかく人が親切で誘ってあげてるのに」

「……でも、そこにキュンとしちゃうんだよねぇ……」


 わかるぅ~! と二人も同意して、三人はカラオケを楽しんだ。


 †


「今日の所は収穫なしか……」


 スマホで作ったチェックリストに調査済みの印をつけ、溜息交じりに呟く。

 あの後黒星は校内の目ぼしい場所に足を運び、不審な点がないか調べていた。

 立ち寄った場所は各トイレ、音楽室、科学室、プール、校舎裏の古い桜、美術室、図書室等、いかにも学校の怪談がありそうな場所である。

 日暮れ頃まで粘った割には、リストは半分も埋まっていない。

 考えてみると、学校というのは怪しい場所だらけだった。


 その手の噂について生徒に尋ねて回った方が早い事はわかっていたが、聞き込みは気が進まない。苦手なのだ。

 そもそも、他人と会話する事が得意ではない。

 そうは言っても、いざとなったらやらないわけにはいかないのだろうが。

 もしそうなったとしても。


「……あの女だけは頼りたくないな」


 もちろん魂子の事である。

 最初に目が合った時から、気にくわない女だと思っていた。

 理由なんかない。

 相性の問題だろう。

 そもそも、好きな人間などもはや一人もいないのだが。


 校門前は沈みかけた太陽で茜色に焼けていた。

 視界にはぽつぽつと、誰そ彼となった影法師が歩いている。

 黒星もその一つに混じり、とぼとぼと帰路に着こうとしていた。


 突然背後で音がした。

 大きく不穏な音だった。

 数十キロの砂袋が空から降ってきたらそんな音がするかもしれない。


 その場にいた人間は少なかったが、その音に気づいた人間はもっと少なかった。

 黒星を除けば、ノッポの男子が一人だけ、「うぉ!?」と後を振り向いただけだ。

 ノッポの男子は音の出所を探すと、不思議そうに首を傾げて校門を出て行った。

 その姿を見送ると、気づかない振りをしていた黒星は音のした方に引き返した。


 それが何なのかは一目でわかった。

 人だ。


 制服姿の女子は四肢を卍に似た形に折り曲げて、入口のそばに倒れている。

 鈍角に曲がった首からは骨が突き出し、醜い裂け目からブクブクと血の泡を噴いていた。

 その先には割れた頭がついていて、薄桃色の脳ミソが潰れたプリンみたいに覗いている。


 そこにあるのは地味で大人しそうな女の顔だ。

 断末魔を切り抜いたような表情。


 見知らぬ女子の死体を数秒見下ろす。


 飛び降り自殺というワードが頭に浮かび、黒星は頭上を見上げた。


 屋上のフェンス越しに、驚いた顔をする魂子と目が合った。

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