第2話

 次の休み時間になった。


 待ってましたとばかりに北山は立ち上がるが、それより先に魂子が黒星の所に飛んできたので、「……チッ」と舌打ちを鳴らして座り直す。


「白神君! 今すぐお祓いに行った方がいいよ!」


 黒星の正面に立ち、バンと机に両手を着く。

 勢いで、ぶるんと大きな胸が揺れた。


「……そういうの、間に合ってるから」


 視線を逸らして黒星が呟く。


「中二病とかじゃなくてね! あたし、本当に霊感があるの! 第六感って奴! それで昔から色々大変な目に合ってて! この塩も護身用!」


 そう言って、魂子は制服のポケットから食卓塩と書かれたお徳用パックを取り出した。

 黒星が疑わし気な視線を向けると。


「た、確かに食卓塩じゃ説得力ないけど! 清めの塩って買うと高いし、ネットで見たら六感ある人なら心を込めてお祈りするだけで作れるって書いてあったから自作してるの! 実際効果あるし、コスパもいいでしょ? 勿論良い塩の方が効果あるけど、その辺の霊ならこれで十分だから!」

「……聞いてない」


 スマホを取り出して拒絶の意思を示すが、魂子には通じない。


「とーにーかーく! 白神君絶対何かに憑かれてるよ! それも物凄くヤバい奴! 北山君に殴られそうになった時一瞬見えたの! あんなヤバい奴、あたし見た事ないよ! なんにもなかったらあたしがお金出してもいいし! 騙されたと思ってお祓い行って!」


 黒星は無視して適当なニュースサイトを眺めた。

 魂子は「……むぅ!」と頬を膨らませると、「おーはーらーい! 行って行って行って行ってぇ~!」と、スマホを持つ黒星の腕を掴んでブンブン揺さぶる。

 黒星は溜息をつくと、虚ろのような目を魂子に向けた。


「……鬱陶しいな。そういうの、僕は信じてないから」

「信じるとか信じないとかじゃなくて! 実際幽霊はいるし! 色々事件にもなってるでしょ? ほら!」


 魂子は勝手に黒星のスマホを操作すると、とあるニュースのリンクを開いた。

 それは先日アメリカのハイスクールで起きた銃乱射事件に関するニュースで、犯人が悪霊に憑かれていた事が判明した為、裁判で責任能力の有無が問われるといった内容である。


「他にもあるよ!」


 次は日本のニュースだった。

 ホストを狙った連続殺人の犯人が悪霊で、これを滅した警察の対怪異部隊に二名の犠牲者が出たといった内容である。


「怪異の事くらい僕だって知ってる。その中に霊の類が含まれてることも。けど、君が思ってる程身近な存在だとは思わない。僕は今まで一度だって霊を見た事がなし、身の回りにもそんな奴はいなかった。悪霊に憑かれるような覚えだってない」

「……白神君、普通に喋れるんだ」


 仏頂面で黒星が言うと、魂子は意外そうな顔をした。

 なんとなく恥ずかしくなり、黒星は顔が熱くなるのを感じた。

 それが余計に恥ずかしい。


「……うるさいな」


 顔を背けると、様子を伺っていた女子達が「かわいい~~!」と黄色い声をあげる。

 北山がわざとらしく舌打ちを鳴らした。


「白神君の気持ちも分かるよ。怪異事件ってあんまりニュースにならないもん。でもそれは、国が意図的に隠してるだけなの! 特に幽霊の場合は第六感がないと普通は見えないし。風評被害とか、騒ぐと怪異が凶悪化するって噂もあるし」


 人差し指を立てて熱弁する魂子を小馬鹿にするように、黒星はフンと鼻を鳴らした。


「そういうの、陰謀論って言うんだよ」

「違うってば! もう、分かんない子だなぁ!」


 魂子は頭を抱えると、チラリと壁掛け時計を見た。

 休み時間の終わりが近い。


「じゃあ、せめてこれ持ってて! あんなすごいオバケに効くかわかんないけど、お守りくらいにはなるはずだから!」


 そう言って取り出したのは透明な小袋に入った清めの塩(自称)だった。


「必要ない」

「持ってるくらいいいでしょ? かさばる物じゃないし! お財布にでも入れといてよ!」


 そう言って、魂子は無理やり塩の袋を押し付けてくる。


「いらないって言ってるだろ」

「あっ」


 黒星が手で払うと、小袋はぱさりと床に落ちた。

 二人の様子にクラスの女子は心配し、北山はガンと机を拳で叩く。

 気まずい空気の中、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。

 魂子は悲しそうな顔で床の小袋を見つめると、視線を黒星に向けた。

 そして、風船のように頬を膨らませて「うぅぅぅぅぅうううう!」と呻る。


「白神君の分からず屋! あたしは絶対諦めないからね!」


 床に落ちた塩の袋を拾うとフーフーして表面のゴミを落とし、ポケットにしまって自分の席に戻っていく。


「……頼むからほっといてくれ」


 ウンザリした声で黒星は呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る