みんなに優しいS級美少女が何故か僕には塩対応。面倒なので無視していたら過保護な姉と修羅場りました。

斜偲泳(ななしの えい)

第1話

 梅雨の足音がじっとりと空気を湿らす五月の中頃。

 季節外れの転校生である白神黒星しらかみ こくせいはクラスメイトに囲まれて質問責めにされていた。


「へぇ~。白神君、青森から来たんだ。その割には訛ってないね」

「……そうかな」

「そうだよ! 言われなきゃ分からないもん! ねぇ、青森弁喋ってみてよ!」

「……ごめん。僕、そういうのよく知らなくて」

「全然! 謝る事じゃないし! ていうか白神君、イケメンだって言われない? 地元だとモテたでしょ?」

「……そんな事ないけど」

「え~! 絶対嘘! こんな可愛い男子、あたしなら絶対ほっとかないよ!」

「「「ね~」」」


 集まっていた女子達が声を合わせてキャッキャと笑う。

 彼女等の言う通り、黒星は男子らしからぬ容姿の持ち主だった。


 背は少し低めで身体つきは華奢、小さな顏は色白で、憂いを帯びた表情は歌舞伎役者の女形を思わせる。儚げな声はハスキーで、声変わりの兆しもない。無造作に伸ばした髪は夜闇のように深い黒で、彼の美貌を引き立てている。


 男らしさは微塵もない。イケメンと言うのも違う気がする。

 だが、美形である事には違いない。

 だから、転校早々女子に囲まれている。


 並の男子なら鼻の下を伸ばして喜ぶような場面だが、黒星はどこか憂鬱そうに視線を下ろし、曖昧な返事をするだけである。

 女子達にはそんな姿も魅力的に映るのだろう。

 黒星の真意など考えもせず、あれやこれやと質問を続ける。


「ありゃ、宿題忘れちゃったの? それは困ったね……。これで二回目でしょ? 数学の先生怒ると怖いし……。そうだ! あたしが手伝ってあげるから、今からささっとやっちゃおうよ!」


 ふと聞こえてきた声が気になって、黒星はそちらに視線を向けた。

 どうしてなのか自分でも分からない。

 しいて言うなら、その声には謎の引力があった。

 見た途端、黒星は納得してしまった。


 何に?


 それは分からないが、納得するだけの説得力を持った女だった。

 美少女と、その一言で表すのは簡単だ。

 天使の輪を頂いたように艶っぽい黒髪、色白なのに活力に溢れた柔い肌、女子にしては背が高く、丸みを帯びた身体は高校二年生らしからぬ豊満さを誇っている。大人の女の魅力を宿しながらも、太陽のような笑みは稚児の如くあどけない。


(……だからどうした)


 黒星は内心で吐き捨てた。

 確かに彼女は稀有な美少女だ。

 あれ程の容姿を持った女は、他に一人しか知らない。

 なんにせよ、自分には関係ない話だ。


「あの子、気になる?」


 見ていた時間は長くない。

 一秒にも満たず、一瞬と言ってもいいような時間だった。

 それでも女子は目聡く見つけ、ニヤニヤしながら聞いてきた。


「……別に」

「照れなくていいよ? なにを隠そうあそこにおわすお方は、みんなに優しい学校一のパーフェクト美少女、夢野魂子ゆめの たまこ様であらせられるんだから」

「もう、まっつん! 変な紹介しないでよ! 白神君も真に受けないでね? ただの冗談だから」


 振り返った魂子が恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。

 黒星は曖昧に肩をすくめた。


「調子乗ってんじゃねぇぞ転校生!」


 乱暴に机を蹴り飛ばすと、見るからに柄の悪そうな男子が怖い顔で詰め寄り、黒星の胸倉を掴んで立たせた。


「てめぇ、さっきからなんだその態度は、あぁ!?」

「き、北山君……」


 それが不良の名なのだろう。女子達は怯えた顔で黒星から距離を取る。

 黒星は気だるげな表情のまままっすぐ北山を見返して。


「……別に」


 と答えた。

 それが癇に障ったのだろう。


「いい度胸だ。よっぽど俺に殴られたいみたいだな!」

「ストップストップ!」 


 みんなに優しいというのは本当らしい。

 クラスメイトが恐れ戦く中、慌てた顔で魂子が止めに入る。


「北山君! 暴力はだめだよ!」


 毅然とした態度の魂子に気圧されつつ。


「う、うるせぇ! 俺は新入りに礼儀を教えてやろうとしてるだけだ!」 


 やりづらそうに北山が答える。

 黒星は鬱陶しそうに溜息をつき。


「……止めといた方がいいよ。怪我をする」


 その言葉に、クラスの面々は唖然とした。

 北山は見るからに喧嘩慣れした筋肉質の大男だ。

 誰の目にも、黒星が敵う相手には見えない。


「はっ! おもしれぇ冗談だ! ただし、怪我をするのは僕の方ってかぁ!」


 揶揄するように笑うと北山が拳を振り上げる。

 黒星は特に抵抗もせず、愚か者を見るような目で北山を見返している。


「――ッ!?」


 黒星の背後に視線を向けると、魂子はギョッとして駆けだした。

 そしてポケットに手を突っ込み。


「悪霊退散!」


 二人に向かって大量の塩を投げつけた。


「うぉ!? しょっぺぇ!? って、目があああああ!?」


 塩が目に入ったのか、北山が黒星から手を放して悶絶する。


「退散! 退散! 退散! たいさ~ん!」

「ちょ、魂ちゃん! その辺にしときなって!」

「だ、だってぇ!?」


 黒星がポカンとしていると、魂子は友人の女子に羽交い絞めにされて教室の隅に連れていかれた。


「ごめんね白神君。びっくりしたでしょ? 魂ちゃんって可愛くていい子なんだけど、霊感体質なのが玉に瑕で。時々奇行に走っちゃうの。今のは普通に白神君を助ける為だと思うから、変な子だって引かないであげてね? あと、北山君は見ての通り危ない奴だから、彼の前では大人しくしておいた方がいいよ……」


 まっつんと呼ばれた女子が小声で事情を説明した。


「………………あぁ」


 適当に返事をする。

 振り返ると、魂子はバケモノでも見たような目で黒星を見つめていた。

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