魔王様の周り。

 初恋だった。

 若かった。

 馬鹿だった。


 目の前で魔王様が刺された時は怖くて、何も出来無いまま別れて。

 その後で1度だけ会わせて貰える事が有ったけれど、今度は愛情を疑ってしまって、傷付けた。


 不死だから。

 またいつか会えて、今度こそ選んで貰えるだろう、と。


 どうしようも無い馬鹿だった、本当に。


 《噂を肯定も否定もしません、ですが魔王 杏子は愛を得て、亡くなったと信じています》


 悼辞での斉賀さんの言葉で、本当に魔王様が亡くなったのだと実感した。

 甘かった。

 今も僕は馬鹿なまま。


《斉賀さん》

《あぁ、どうも》


《もう少しで迎えに行こうと思ってたんですけど、遅かったみたいで。相変わらず馬鹿で甘くて、お世話になったのに、すみません》

《いえ、昔よりは遥かにマシになられてる事は存じてました。私も、あの子も》


 もう、本当かどうか確認出来無い。

 けど、優しい魔王様だと知っているから信じられる。


 それに、斉賀さんは絶対に嘘は言わないし。


《ありがとうございます》

《いえ。あの子の冥福は結構ですから、どうか何処かの来世で生まれ変わり、幸せを謳歌出来ているだろう。そう願っては頂けませんか》


《はい》

《ありがとう》


《いえ、じゃあまた、お元気で》

《はい、では》




 魔王様が居なくなってしまったので、会社を畳む、と。

 自己都合退職なり、このまま会社都合の退職なり、自分達で選んで欲しい、と。


「斉賀さん」

《はい、新田さん、何か?》


「実は前から旦那と話してて、退社しようと思ってたんで。書類です」

《そうなんですね。はい、確かに、直ぐに処理させて頂きますね》


「はい。すみません、最後まで、お手伝いを出来無くて」

《良いんですよ、ずっと在籍して頂けて、凄く助かりました。ありがとうございます》


 斉賀さんは前よりも良く笑う様になった。

 けど何処か覇気が無くて、儚げで、消えてしまいそうで。


「いえ、私が皆さんに自分で説明するので、斉賀さんはご自分の事を進めて下さい」

《はい、宜しくお願いします》


 優遇措置の有る会社都合退職より、敢えて退職を選んだ。

 こんな世界への僅かな反抗、世話になって堪るか、って意気込み。


 それは私の夫も働いて、貯蓄も有るから、余裕が有るから選べる事。


「渋谷さん、私、自主退職にしました」

「良いんですか?会社都合の方が得ですよ?」


「なんですけどね、えへへへ」

「あー、前に言ってた世間への反抗心ですか、やりますね」


「いやー、馬鹿なだけですよ」

「すみません、私もそうしたいんですけど、余裕が無くて」


「賢い選択ですよ、意地で子供の腹は膨れないんですし」

「ですけど、ね。せめて子供全員国の世話にならない様に、頑張りますんで」


「何事も程々に、ですよ、魔王様も仰ってたんですし」

「ですよね、けど、ぅう」


 私達は全員魔王様が大好きだった。

 けど世間は酷いモノで、やれビッチだ、やれ3P中に死んだだ。


 私達は一切情報を漏らして無い。

 なのに、だからもう、この国が殺したんだと思う。

 それか、殺されるのを黙って見てたか。

 じゃなければ知らない筈、虎さんも富和君も魔王様が好きだったなんて。


 しかも、あの日に虎さんと富和君が魔王様の家に居たなんて、私達は知らなかったんだし。


 私達は人間だから大丈夫。

 そう斉賀さんに言われたけれど、もう、国を信じきれない。

 例え手を下して無くても、魔王様を貶める様な情報を流したんだから、信じられるワケがない。


 けど、この国で生きる選択肢しかない。

 他の国が手を下したかも知れないなら、もう、何処だって同じなのだし。


「斉賀さんが言ってた様に、生まれ変わりを信じましょ、異世界に」


「そう、ですよね。すみません、ありがとうございます」

「私達も、何処にします?」


「え、えーっと、ハワイ?」

「やっぱり、ですよねぇ」


「もう、どうしても社員旅行の時の記憶が忘れられなくて」

「あったかくて、綺麗で、美味しい」


「向こうの魔王様も、そこに、ぅう」

「信じましょう、私達だけでも」


 大昔に魔王様とお付き合いしていた子がSNSで、魔王が異世界で生まれ変わってる事を信じてるって、そう言ってくれたけど。

 世間は馬鹿だ、阿呆だ、荒唐無稽だって。


 天国とか地獄とか、そんな抽象的な概念より、よっぽど具体的なのに。

 願っても信じても叶わない事もある、けど願わないと、信じないと叶う可能性は0なのに。




『真琴さん』

《あぁ、はい、何か》


『アレから1回でも、泣きましたか?』

《先生、喜ばしい、良い事なので無理ですよ。ご心配には及びませんよ、もう大人なんですから》


 真琴さんはウチの家族が代々お世話になっているお寺の娘さん、そして魔王の配下、側近と呼ばれる存在。

 だった。


 もう杏子ちゃんは居ない、生きていない、一緒に遺体を確認したから間違いない。

 未だに生きている杏子ちゃんのご両親の遺伝情報と合致した、と書類上は確かになっていたし。

 魔王の時には無かったホクロが、辛うじて焼け残ったご遺体の皮膚に有った。


 最初の死と同様に、顔は確認出来なかったけれど、確かに杏子ちゃんだと断定された。


 嘘なら良いと思った、偽装なら良いのにと。

 けれども僕と真琴ちゃんが其々に得た遺体の遺伝情報が、魔王とは違っていた。

 そう自分達で確認し、本当に杏子ちゃんが亡くなったのだと認識した。


『けど、もし何か話したくなったら、いつでも連絡しておくれね』

《はい、ありがとうございます、では》


 爆破後、燃やされ、敢えて焼け残らされた皮膚だった。

 それが僕と真琴さんの答え。


 テロと事故が重なった、不幸な出来事だった。

 それが国の答えだった。


 実を言うと、この世界はもうダメなんですよ、先生。


 こうなる半年前に、杏子ちゃんが言った冗談が、冗談だと思えなくなってしまった。

 世間がダメなだけでは無い、もう、世界がダメなんだ。


 だからこそ、杏子ちゃんは人間に戻っても幸せにはなれない。

 だから、コレで良いんだ。


 そう僕に思わせる為に、敢えて、杏子ちゃんは言ったのだと思う。

 けれど、だからこそ、次に誰かが魔王になるかも知れないからこそ。


 こんな世界のままにしていた大人として、もう少しだけマシな世界にする責任が有る。


『慈恵さん』

「あぁ、先生」


『真琴さん、泣いてないですよね、ココでも』

「あぁ、良い事だから、ってな。そこじゃねぇんだけど、アイツ頑固で馬鹿だからな、自分の事になるとさ」


『そこは馬鹿では無くて、不器用、でお願いします』

「いや、どちゃくそ不器用馬鹿野郎の略だ。あんなんじゃ、俺らだって泣けないのに、アイツは馬鹿だ」


『親の心子知らず、それだけ余裕が無いんでしょうね、いつもは気を遣える子なんですから』


「なぁ、どうしたらあの子が泣ける様になると思う、先生」

『支えてくれると信じられる相手に出会えれば、ですかね』


「先生で良いだろ」

『僕は大昔にフっちゃったので無理ですよ』


「は?」

『ちゃんとは言われてませんけど、あの頃は若くて、焦って大袈裟に否定しちゃったんですよ』


「馬鹿だな、お前も」

『ですね』


「先生は、生まれ変わりについて、どう思うよ」

『前世が見えている以上、生まれ変わりは存在すると思ってますよ』


「じゃあ、異世界は」

『信じてます、向こうで幸せにしていると、思い込んでます』


「もし、真琴が誰かを紹介するってなったら、先生居てくれよ」

『結構、責任重大ですよね?』


「おう、程々の厳しさで頼む。俺、どんなのが来てもダメだ、多分」

『その辺も分かってるでしょうし、2回目以降か、真琴さんに呼ばれたら来ますよ。最初のアナタの厳しさで怯む様な人なら、僕も猛反対しますし』


「おう、頼んだ。すまんな、坊主の愚痴を聞かせて」

『偶の事ですし、坊主も人間なんだって思えて気が楽になるので、気にしないで下さい』


「おう、ありがとう先生。よし、より良い世界の為にも頑張るか」

『はい、程々に頑張りましょう』

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